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教訓、十四。好意を持つ人の行為が必ずしも、厚意になるとは限らない。 8

2025/05/14 改

「そうでしたね。彼は若様を守るため、常に命をかける人だと分かりました。私もヴァドサ隊長におんぶ紐の代用を渡した時、礼はいいからちゃんと若様を守るように言いました。

 まだ、彼がどの程度、若様を守り切れるか分からなかったし、どういう覚悟でいる人なのかも分からなかったからです。


 その結果、彼は若様をどんな時も命がけで守ろうとする人なのだと分かりました。私も彼の状態を見て(おどろ)いたのです。彼は戦場を駆け回った兵士と同様にボロボロでしたから。」


 若様はうつむいた。ベリー医師をフォーリは(にら)む。最後に余計なことを言うから。


「ですから、若様を安心して任せられます。一方で、彼が口でどんなに大丈夫だと言っても、大丈夫かどうか見極める必要があります。若様には彼の忠誠心を使うことをおすすめします。」

「…忠誠心を使う?なんか、嫌だな…。」


 涙をすすりながら、ぼそっと若様はこぼす。


「ええ。でも、そうすれば彼を死なせないで済みます。どうしますか?」


 泣きながらしばらく考えていた若様だったが、少しして顔を上げた。


「分かった。死なせてしまうよりいい。」


 若様の顔には少し緊張が(ただよ)っている。ベリー医師は頷いた。


「簡単です。彼に若様はこう言えばいいのです。『私にはお前が必要だ。だから、死ぬな。』と。嘘ではないですよね? 本心でしょう? ちゃんと言葉にして伝えないと、人には伝わりません。」


 若様は面食らった様子だったが、ほっとして笑った。


「確かにそうだね。忠誠心を使うって言うから、どういうことだろうって思った。」


「ええ。でも、忠誠心を使うことに違いはないですよ。彼の忠誠心があることを利用して、彼に死ぬなと言うのです。そうすれば、死なないように彼は努力するでしょうから。

 逆に命がけで私を守れと言えば、彼は本当に死ぬまで若様を守ろうとするでしょう。彼を生かすも殺すも、若様次第なのです。」


 若様は深刻な表情で頷いた。まだ、子どもなのにその責任は重大だ。人の命がかかっているのだから。


「責任は重大です。でも、私は若様はちゃんとできると思います。だから、お話ししたのです。」

「…本当? 私にできるのかな?」


 ベリー医師は深く頷いた。


「ええ。若様ならできます。若様の進歩は(おどろ)くほどのものですよ。前は私と話をする時でさえ、つっかえていたでしょう? でも、今は全然、そんなことはなくなっています。」


 若様はベリー医師の指摘にはっとした。

「! 本当だ…! なんでかな…?」


 言いながら若様は、分かっていた。


「フォーリ…。」


 若様はフォーリの手をぎゅっと握ってきた。


「はい、なんでしょうか。」

「いつもありがとう。」


 それだけで、フォーリは胸が一杯になった。涙が出そうになる。


「フォーリはいつも一緒にいてくれる。安心できる人だよ。フォーリがいらないって言うんじゃないんだよ。家族みたいにいつも一緒にいてくれて、兄上や父上みたいな人だよ。」


 フォーリは若様を抱きしめた。


「若様、私にはそれだけで十分です。」


 ニピ族は自分の主にそれだけ言われれば、十分に幸せを感じられる性分なのだ。だから、ニピ族を犬だと(さげす)む輩もいるが、それがなんだというのだ。


「でもね、ヴァドサ隊長が私の護衛になってくれて、一つずつ自分にできることをしていったらいいんだって教えてくれてから、とっても安心できたんだ。失敗してもヴァドサ隊長は笑わなかった。早くしろ、のろまだなって態度にも出さなかった。だから、安心したらうまく話せるようになってきた。」


「分かっています、若様。ヴァドサに感謝しているんですね。」

「…うん。でも、あんまり仲良くしたらかえって良くないことになるんだね。ベリー先生が言ったとおり、ちょっと(さび)しいけど、でも、我慢するよ。ずっと側にいて欲しいから。」


 若様はぽろぽろと涙をこぼした。背中をそっとさする。若様は甘えん坊だ。寂しがり屋で泣き虫で、おっとりしている。でも、とてもよい子だ。誰よりも優しくて人の心の機微に敏感で、少しでも親しくなれば、誰が何を考えているのか一目で見抜いてしまう。だから、人を見抜く目も実はとても確かなのだ。


 ただ、その人の背景にある複雑なことまでは理解できない。だから、本当はいい人でも悪いことをしてしまう場合に、フェリムの時のように見抜けないこともある。


 また、若様に手を出そうとした男のように、自分の不安を上手く利用している相手には、かえって(だま)されてしまうこともある。あの男は殺してしまったからよく分からないが、何かを怖れていたのは確かだった。だから、若様も騙されたのだ。


 若様が信頼しているから、フォーリもシークを信用してもよいという判断基準になっていた。若様は自分ではそう思っていないが慧眼(けいがん)だ。


 フォーリは手巾で若様の涙を拭った。若様は童顔だから余計に少女のように見えてしまう。最初に会った頃は頬が()せこけて骨と皮だけのようになっていたから、それを思えば元気になった。肉体だけでなく心の方も少しずつ元気になってきたので、フォーリもシークに感謝はしている。


 感謝はしているが、もやもやした気分があるのも事実だった。ニピ族は自分の主が自分以外に、気持ちが向くのを嫌う。犬と同じで自分以外が()められたりするのが嫌なのだ。そういう意味でも、ニピ族を犬だと(さげす)む輩がいる。


 だが、それがなんだというのだ。自分達に勝てもしないくせに、口先だけで吠えているのだ。弱い犬ほどよく吠えるものである。それを思えば、シークは弱い犬ではないので、少々やっかいだった。


「ヴァドサ隊長、目を覚ましたかな?」


 若様の声にフォーリは仕方なく、答えた。


「そうですね。ベリー先生の許可が出たら、お見舞いに行きましょう。」

「うん。」


 若様は嬉しそうに笑ってベリー医師を見上げた。


「…それでは、診察がてらみんなで行きましょうか。」


 ベリー医師の許可が出て、若様はぴょんと子ウサギがはねるように長椅子から立ち上がった。


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