教訓、十四。好意を持つ人の行為が必ずしも、厚意になるとは限らない。 7
2025/05/14 改
「若様、よく聞いて下さい。ヴァドサ隊長は若様が言われた通り、決して弱音を吐くような人ではありません。それが故に、気をつけなくてはなりません。」
ベリー医師は薬の調合をやめて立ち上がると、若様に視線を合わせた。フォーリも事前に若様に何を注意するつもりか、聞いているので仕方なく黙って見守った。
「彼は死ぬまで弱音を吐かない、ということです。つまり、若様に先に行って下さいとか、私は後から行きますとか、言い出したら死ぬつもりだということです。」
「…え?…どうして?」
若様が不安そうな声を上げる。
「若様に自分が傷ついて死ぬところを見せないため、先に行かせるのです。そういう人です。ですから、ヴァドサ隊長にずっと側にいて貰いたかったら、若様は彼の性格をよく飲み込んで動かさないといけません。」
「…どうやって?」
若様は今にも泣きそうな表情になった。フォーリはそんな顔を見ると、我がことのように胸が痛む。
「若様、ヴァドサ隊長にずっと側にいて欲しいですか?彼に護衛して貰いたいですか?」
ベリー医師の問いに若様は強く頷いた。
「うん。」
「分かりました。そうしたら、私の言うことをよく聞いて下さい。そのためにはちょっと寂しい時もあるかもしれませんが、我慢できますか?」
ベリー医師の確認に若様は戸惑ったような表情を浮かべて、フォーリを見上げてきたが、軽く頷いてみせると若様は戸惑いながらも頷いた。
「うん、分かった。」
「若様、ヴァドサ隊長にずっと護衛して貰いたければ、彼と少し距離を置いて下さい。特に陛下や妃殿下、王太子殿下の御前では慕っている様子を見せてはいけません。」
「あ、従兄上の前でも?」
「正確には王太子殿下ではなく、その周りにいる者の前でとなりますが。」
ベリー医師の補足に若様は、ほっと安堵の息を漏らした。幽閉されていた若様が助け出されたのは、ひとえに王太子タルナスの尽力があったからであり、命の恩人だと思っているので、若様はその従兄に対しても、隠さなくてはいけないのかと思い、不安になったようだった。実際にはその周りの者というので、かなり安心したのだろう。
王太子の周りには、王妃の間者がいるからだ。
「私の言っている意味が分かりますか?特に陛下と妃殿下の御前で“父上のように”などと決して口を滑らせてはいけません。妃殿下の前で口を滑らせたらいけないのは、重々ご承知でしょうけれど、陛下の御前でも同じです。
陛下は若様の叔父君である前に、国王なのです。前王の王子である若様は、王位に最も近い王族です。その王族と親衛隊が近しい関係で、しかも、若様が父の面影を求めているとなれば、陛下は王として警戒せざるを得ません。
もし、ヴァドサ隊長が隊長としてぼんくらだったら、何の警戒もしなくて済みますが、真面目で有能です。その上、真面目な男が若様に同情して、陛下が与えた役割であるとはいえ、常に命がけで守るとなれば、必要以上に陛下は警戒されるでしょう。
言っている意味が分かりますね?」
ベリー医師の注意に、若様はすっかり青ざめていた。
「…わ、分かるよ。」
小さな声で答える。フォーリはとても可哀想になる。本人達にその気は全くないのに、謀反を疑われるからだ。
「カートン家は長らく宮廷医を輩出してきました。私もその関係で宮廷に出入りがありました。ですから、動きを見ればその親衛隊が有能かどうか、ある程度分かります。
親衛隊の隊長には、王宮の見取り図が配布されます。彼はどこに何があるのか、全部暗記しているようでした。もし、ヴァドサ隊長が本気を出したら、王宮くらい簡単に制圧できるでしょう。それをしないのは、やるつもりが全くないからです。」
かなりの危険発言をベリー医師はした。フォーリが気をつけているし、カートン家の施設内の特別室であるとはいえ、危険な発言だ。
「…私はそんなことしないよ。謀反なんて起こさないよ。」
思い詰めた表情の若様の手を、フォーリは優しく握った。
「知っています。でも、周りの者はそう思わないのです。若様と親衛隊の隊長の仲が良いと、良からぬことを考える輩が大勢いるのです。
若様に王位について貰いたい者達は、若様とヴァドサ隊長を取り込もうとするでしょうし、逆の場合は警戒してヴァドサ隊長を排除しにかかるでしょう。もちろん、若様もですが。」
若様の両目が潤んだ。
「ですから、レルスリ殿やノンプディ殿以外の八大貴族の前、また、陛下や妃殿下、王太子殿下の御前、それ以外の貴族達、議員達も同様ですが、決して親しい素振りを見せないようにして下さい。そうすれば、長くヴァドサ隊長に護衛して貰えます。
レルスリ殿やノンプディ殿の前では、大丈夫でしょう。もちろん、私達の前でも大丈夫です。それ以外に気をつけなくてはなりません。」
若様は頷いた。その拍子に涙がぽろっと落ちる。
「最初に言ってた、ヴァドサ隊長を死なせないようにするって?」
若様はちゃんと覚えていた。