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教訓、十四。好意を持つ人の行為が必ずしも、厚意になるとは限らない。 6

2025/05/13 改

「…ねえ、ヴァドサ隊長、治った?」


 若様が不安そうにフォーリに聞いてきた。自分が抱っこをせがんで、ずっと抱き上げて(もら)っていたから、そのせいでシークが怪我をしたのだと思っている。確かにそうではあるが、彼の役目なんだと言い聞かせても、若様は落ち込んでいた。


 どうやって(なぐさ)めたらいいのか、フォーリは分からない時がある。もう直接、彼の所に行って話をするしかなかった。


 フォーリにとっては、若様がシークに抱かれたまま眠ってしまったことが(おどろ)きだった。それは、ベリー医師も同じだった。若様は悪夢を見ることが多い。そのため、夜眠ることが怖くなり、なかなか寝付けないこともよくある。


 それが逃亡中の森の中で、一時、休める時間があったからとはいえ、そこで眠ってしまったことに衝撃(しょうげき)を覚えていた。


「ヴァドサ隊長は優しかった。」


 若様は無邪気に喜んだ。実際にはかなり危ない状況になっていたので、シークが回復したら文句を言いたい所だ。


「…そうでしたか。」


 若様が喜んでいるので、フォーリは仕方なくそう言うにとどめる。


「食事はどうしましたか?」


 夕食をすっぽ抜かしているので、フォーリが尋ねると若様は嬉しそうに笑った。何がそんなに楽しかったのだろう、と思うほどだ。まるで、遠出して美しい景色のもと、楽しくご飯を食べたというように喜んでいる。


「固いパンを食べた。国王軍の非常食なんだって。(よだれ)で溶かして食べないと、かじれないって教えてくれた。本当にそうだったよ。それから、蜂蜜(はちみつ)()めさせてくれた。」

「蜂蜜?」


 どうやって舐めさせたんだろうとフォーリは内心、不安に思う。(さじ)は持ってないはずだ。


「うん。元気つけに舐めたり、傷薬用に持ってるんだって。手を洗って指で舐めさせてくれた。」


 やっぱり、とフォーリは思った。若様に指で舐めさせるなんて、汚いじゃないかとこっそり怒りに震えた。一応、手を洗ったとはいえ。


「最初は自分で指で取りなさいって言われたけど、食べ物に指を突っ込んだことがないから、困っていたら舐めさせてくれた。」

「そうでしたか。」


 とりあえずそう答える。その横で若様はふふふ、と上機嫌に笑った。


「何か楽しいことがありましたか?」


 フォーリではなく、薬を調合したりしているベリー医師が尋ねた。


「…うん、だって、フォーリやベリー先生以外の人に優しくして貰って、嬉しかった。大変だとかきついって一回も言わなかった。心臓の音がずっと激しくドキドキしてたけど、大丈夫だって言ってくれた。だから、とっても安心できた。」


 フォーリはこういう時、どう返したらいいのか分からなくなる。フォーリは少しの間でシークがどういう人か分かってきた。彼ならどんなにきつくても、決してきついとは言わないだろう。たとえ、片腕がもげても、若様の前では大丈夫だと言うだろう。


「…ねえ、父上も生きておられたら、そうして下さったのかな?」


 仮に父上だったら、とっくの昔に無理だと音を上げていたはずだが、そうも言えずフォーリは考え込んだ。


「若様。仮に若様の父上でしたら、抱き上げて走るなんてしませんよ。とっくの昔に無理だと音を上げてというか、最初から自分で走りなさいって言われたでしょうね。」


 フォーリは思わずベリー医師を(にら)みつけた。この無神経な毒舌家は、フォーリがせっかく若様の心情を考えて言わなかったことを言ってしまうのだ。


「……そうなの。」


 やっぱり若様はがっかりした様子だ。


「若様。ヴァドサ隊長だから、一晩中、若様を抱きかかえて走り、敵を斬りまくるっていう無謀(むぼう)なことができたんです。他の人だったら決してできません。」


 ベリー医師が言った。そう言われると、フォーリは無性に自分もできると主張したくなった。


「もちろん、フォーリならできるでしょうが、それ以外の人なら無理ですよ。私だって無理なのでしませんからね。」


 ベリー医師の言葉に若様はしゅんとした。ほら、若様がまた落ち込まれてしまったじゃないか、とフォーリはベリー医師に抗議したかった。

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