教訓、十四。好意を持つ人の行為が必ずしも、厚意になるとは限らない。 5
2025/05/13 改
その頃、置いて行かれたシークは二人…三人っきりになって焦っていた。
シェリアがふわりと立ち上がった気配に、シークは何をされるかと身構えたが、毛布をかけてくれただけだった。リブスの押さえつけからも解放される。
「本当に大変なことでした。」
静かにシェリアが話し出した。
「後でバムスさまが詳しくお話しされるでしょう。わたくし達も初めての経験でしたわ。あんなに大々的に、ならず者達を雇ってけしかけるなど。
しかも、事故を装っての足止めに失敗したとなって、放火して多くの人々を巻き込むのも平気な様子。
本当に驚きました。わたくし達が死んでも平気だと思っている者達が裏にいるのでしょう。」
「…つまり、八大貴族のノンプディ家とレルスリ家を、敵に回してもいいという輩が背後にいるということですか?」
「そういうことですわ。それだけ殿下のお命を狙う者がいるということ。今回の場合は、攫えという要求だったようですが。」
シークは考えた。八大貴族が初めてだという。それだけ相手は追い詰められているということなのか。手段を選ばないほどのことなのだろうか。しくしく泣いている若様の姿が頭に浮かんだ。若様はおそらく王位なんて考えていない。直接聞いたことはないが、おそらくそうだ。
何がそんなに脅威なのか。考えてシークは気がついた。
(いや、“セルゲス公”の位を与えられたのが、向こうにとって脅威ということか。)
そして、若様の存在そのものが“脅威”でもあるのだ。あんなに傷だらけの子を追い詰めるなんてどうかしている。改めて不憫な運命に胸が痛むし、そんな子どもの命を狙う者達に対して腹立たしさを感じる。
人間の欲深さのゆえなのだろうか。
せめて自分達はそういう物から無縁で、若様を安心させてあげたいものだと思う。
そういうことを考えているうちに、体が温まってきたせいか、眠気が襲ってきた。まだ、薬の作用が抜けていないのかもしれない。何かシェリアが話しているが頭に入ってこない。なんとか起きようと努力した。努力したがいつの間にか意識はなくなっていた。
「奥様。」
リブスの声にシェリアは、シークに視線を落とした。シェリアの話を聞いている間に眠ってしまったらしい。
「……。まあ、ひどい人。」
シェリアは言って簡単にしか結んでおらず、顔にかかっているシークの髪を指でかき上げた。穏やかな寝顔だ。
「…わたくしが言ったこと、本当に全部、冗談だと思っているのね?だから、わたくしを目の前にして、眠るなんてできるのですわ。本当に危機感を持っていたら、そんな隙を見せるような真似できませんもの。」
シェリアはため息をついた。
「わたくしをこんなに傷つけて、許される人なんてそんなにいませんのよ。子ども達や両親くらいのものですわ。バムスさまでさえ、謝罪します。」
シェリアの両目が涙で潤む。
「あなたは…わたくしを傷つけているつもりは毛頭ないのでしょう。…でも、わたくしは自分が傷つくより、あなたを傷つけたくないの……。わたくしにこんなことを言わせるなんて、ひどい人。」
シェリアは、隊員の全員が立ち去ったわけではないことを知っていた。知っていて、眠っているシークの髪を大きくかきあげると、額に口づけした。リブスがはっと息を呑んでいる。
シェリアは彼の気持ちを知っていながら、その行動を見せつける。リブスには、決してシェリアの気持ちは与えられない。嫉妬するのは分かっている。自分のことを見て貰おうと、もっと仕事に精を出すだろう。
シェリアは立ち上がると、部屋の外に出た。廊下を静かに見渡す。
「出ていらっしゃい。隠れているのは知っていてよ。さっきは入り口で見ていたでしょう?」
ぎくっとした様子の気配が、隣の空き部屋からそろそろと出てきた。四人の隊員達だ。二人は森の子族だろうか。
少し振り返った状態で、シェリアは出てきた四人を見つめた。美しく見える角度を計算した上での姿勢だ。若さには適わないが、年齢と共に醸し出される妖艶な美しさが、今のシェリアにはある。わざとさっきの涙は拭っていなかった。
瞬きをすると先ほどの涙がほろっと、溢れて頬を伝った。四人がどきっとしている。
「あなた達は隊長殿を、しっかり補佐しないといけませんわ。もう、すでに権力争いに巻き込まれています。わたくし達八大貴族を敵に…少なくともわたくしとバムスさまを、敵に回していいと思っている者達が動いているのです。隊長殿をしっかりお守りなさいな。
殿下をお守りするということは、こういうことなのです。本当に…可哀想な子。どの大人もあの子の血筋と位のゆえに、王位なんて欲していないのに命を狙い、もしくは担ぎ出そうと画策しているのですから。あの子の行く末や気持ちなど考えもしていません。あの子の人生なんて考えもしていない。
ですから、あなた達の隊長殿は、殿下の御ために数少ない味方になるつもりですわ。それがどいういうことか分かるでしょう? 今回だけでも分かるように、命がけです。これがずっと続くのですわ。
もし、あなた達が守れないというのなら、わたくしが貰いに行きますわ。いいですわね? 覚悟が必要なのです。」
シェリアは忠告すると、悩ましいため息をついて部屋の中の眠っているシークを見つめた。自分が彼らの目に、どんな風に移っているか計算の上だ。それでも、彼を見つめる両目に籠もる気持ちは嘘ではない。演技ではないから簡単だった。四人をびっくりさせることは。
「それでは、ごきげんよう。」
シェリアはゆったりと向きを変えると、リブスを伴って廊下を去った。




