教訓、十四。好意を持つ人の行為が必ずしも、厚意になるとは限らない。 3
2025/05/11 改
シークの隊員達を連れて、バムスは別室に移動した。
ここは、ラノのカートン家の施設である。カートン家の駅では街道での放火事件の影響で、非常に手狭だったため、ここまで来てシークの治療をしたのだった。街の少し大きな施設でも駅で足りない人手を補ったり、駅ではできない治療をするために、多くの人がかり出されていた。
あの事件からすでに三日は経っている。ティールから応援がすでに来ていて、カートン家で人々の治療は滞りなく、行われているという。
また、街道の放火による火事もあの後、まもなくから雨が降って二日はどしゃぶりの雨だったので、あまり燃え広がる前に鎮火した。そもそも、火事対策で乾燥の時や火が迫ってくると水を放出する木を植えてあるので、森の奥までは燃え広がらなかった。
それにしても、今までにない事件だった。だから、親衛隊が誰一人死ななかったのは不幸中の幸いと言えるが、それだけで済む話でもなかった。
別室に入ると、バムスは一人一人を見回した。全員揃っているわけではなさそうだ。他の仕事に行っている隊員もいるようだったので、いなくても話をすることにした。
みんな緊張した面持ちで並んで立っている。数人は怪我をしていた。
「みなさんに話があります。先日の事件では、多くの人々を助けたそうですね。その点についてはよいことでしょう。」
バムスの話に隊員達は、どことなくほっとした様子になった。
「ですが親衛隊としては、ここにいる全員が失格です。」
バムスの言葉に隊員達に緊張が走った。バムスの側に控えているのは、サミアスただ一人だ。いきり立って掴みかかる者が現れてもおかしくない状況だったが、誰一人そういう者はいなかった。
そもそも、国王軍は厳しい。そういう無礼が許される所でもないし、シークの隊が厳しいので余計にそういう状況にはならなかった。
「合格なのは、あなた達の隊長であるヴァドサ殿ただ一人です。彼以外、守らなくてはならない殿下を誰一人、護衛しなかった。もし、ヴァドサ殿もフォーリに殿下を任せて守っていなかったら、私は即刻、陛下に親衛隊を交代させることを進言したでしょう。」
バムスの言葉に、そこにいた全員がはっとしていた。確かにその通りだった。誰も若様の側に行って護衛していなかった。助けてくれと走ってきた人々を優先して…。
「それでも、ヴァドサ殿にも厳しく注意しなくてはなりません。隊長が守れと厳しく言わなかったから、こうなったのでしょうから。もし、殿下の怪我が擦り傷一つで済まなかったら、やはり親衛隊の交代は必至でしょうし、場合によっては死罪の可能性も出てきます。」
バムスの言葉に隊員達は一様にしゅんとして、落ち込んでいた。内心、素直で分かりやすいと驚いていた。見栄を張ったりしている様子もない。隊長が真面目で素直な人だから、隊員達も一様に素直で真面目なのだ。
「もし、ヴァドサ殿の剣術の腕が少しでも劣っていれば、殿下は連れ去られ、ヴァドサ殿も命はなかったでしょう。今回のようなことがあったら困ります。なぜ、一人もついて行かなかったんですか? ヴァドサ殿は親衛隊の意味を分かっているんでしょうか。」
バムスの厳しい声にベイルが進み出た。
「あのう、申し訳ありません。隊長のせいではありません。あの時、指揮を任されていたのは私です。」
「あなたは?」
ベイルは頭を下げた。
「私は副隊長のベイル・ルマカダです。」
「つまり、副隊長のあなたが指揮を執っていたと?」
「はい、そうです。隊長がわか…殿下に懐かれてしまったので、代わりに隊を指揮するよう任されました。こうなっては指揮を執りづらいからと。それで、私が指揮を執ることになっていたのに、的確に指示することができませんでした。隊長には殿下をお守りすることを優先するように言われていたのに、それにも関わらずです。」
ベイルは拳を握りながら答える。
「そうですか。」
「はい。隊長は誰を優先すべきか分かっていました。分かっていなかったのは私達です。私達はまだ、親衛隊であるということの意味を、真に理解していませんでした。そのため、守らなくてはならない殿下のためではなく、目の前の人々のために剣をふるいました。それに、心のどこかに甘えがあったのも事実だと思います。」
「甘えですか?」
バムスの静かな問いにベイルは頷いた。
「はい。隊長は強いです。ですから、隊長一人がいれば大丈夫だと思っていたんです。ですから、一晩経って隊長がフラフラの状態でいるのを見つけた時、とても驚きました。全身、泥と返り血を浴びて誰よりもボロボロだったので。
ですから、その姿を見た瞬間にとても後悔しました。なぜ、隊長を一人にしてしまったんだろうと。誰か一人でも一緒に行くべきだったのに。隊長なら必ずそうするのに、誰か一緒に必ず行かせるのに、なぜ、私はそう指示しなかったのだろうと、激しく後悔しました。」
どこか泣きそうなほどのベイルの様子に、バムスは聞いてみた。
「一晩でそんなに疲れ切っている様子を、見たことがなかったということですか?」
「はい。どんなに厳しい訓練でも、一番ピンピンしているのが隊長です。」
隊員達がうんうん、と深く頷く。
「つまり、それだけ隊長の元に多くの刺客が行ったということです。殿下の護衛はこういうことなのだと、ようやくその本当の意味を理解しました。」
バムスはベイルがきちんと理解していて、他の隊員達も意味を理解した様子なので、それ以上、厳しく言う必要性はないと判断した。