教訓、十四。好意を持つ人の行為が必ずしも、厚意になるとは限らない。 1
2025/05/09 改
シークはそれから三日間、毎日を半分眠った状態で過ごした。ベリー医師が処方した薬のせいで、猛烈な眠気に襲われていたからだ。意識があると起きてごそごそと動き出すと考えたベリー医師が、安静にさせるためにそうしたのだ。
背中はやはり怪我をしていた。謎の男にかすられて、革の胴着は少し切れている箇所があった。その状態で滑落したので、途中で鋭い木の枝に革の胴着の切れた所が引っかかり、それが裂けることで勢いが殺されて、木の幹に激突しても背骨を骨折せずに済んだが、軍服もその下の肉も切り裂いていたのである。
若様によって気絶したシークは一度起こされ、部下達に支えられながら森から出ると、すぐにベリー医師に応急処置を受けた。叫ばないように棒きれを口にくわえさせられたが、猛烈に痛かった。痛みで気が遠くなりかけた。
そこで、痛み止めを兼ねた眠り薬を処方され、馬車に乗ってラノまで行くまでの間から、ラノについてカートン家の施設に行くまでずっと眠っていたし、途中で起きても便所へ行ったり、食事に起きる他は眠っている状態だった。
ただ、一回はっきり目を覚ました瞬間があった。あまりに全身、土と煤と返り血と浴びて不衛生だということで、入浴させられた。背中の傷は洗わないようにという、大変難しい要求だった。しかし、入浴の時、半分眠っているので、部下達が入れたようなものだが、ベリー医師の注意を忘れて湯船に浸かった所、傷に猛烈にしみて飛び上がるようにして、体を湯から出した。その時だけは、猛烈な眠気が覚めた。当然、その後、ベリー医師に厳しくお叱りを受けた。
三日過ぎて、ようやくその薬は処方されなくなったが、代わりに全身が痛み出した。まだ、若様を抱えて走り回った後遺症が残っている。特に背中や腰に痛みがあったし、おんぶ紐をかけていた両肩にはくっきり、うっ血した青痣ができていた。地面や木の幹にぶつけた背中や腰、臀部にも青痣はできていたので、ほとんど背中じゅう痣だらけになっていた。背中の傷には包帯が巻かれているので、よほどの大けがでもしたかのようだった。
仰向けに眠ることができず、うつ伏せに寝るしかなく、その上、時々、誰かに痣に薬を塗って貰わなくてはならなかった。
「隊長、痛いですか?」
「…あー、痛いな。」
シークが答えると、部下達が笑いながらからかう。
「あー、いい気味ですねー。俺達が痛い、痛いって言ってても、動いてりゃ治るとか言って、しごかれましたもんねー。」
「動いてりゃ治るって、どういう理屈だよって思いましたよ、あの時は…!」
「ほんっと、いい気味っす。」
「あれは、筋肉痛だろうが…!」
「いいや、痛いもんは痛いっすよー!」
「くっそー…! って思いましたもんねー!」
「へへへ…!」
「…お前ら、覚えとけよ、治ったら…いてっっ!」
「仕返しです。」
「こんな時でないと、仕返しできないっすね…!」
部下達は薬を塗りながら、痛くなるように力を込める。
「ほら、尻の方もちゃんと塗っとかないとな…!」
「ほんと、後ろ側、痣だらけですって。」
ところが、突然、部下達のお喋りと動きが止まり、さっと引いていった気配がした。
(? 服を戻していってくれ…。手が回らない。)
不思議に思いつつ、なんとか薬を塗るために下げられたズボンを上げた所で、近くに別の気配がした。
「!」
誰かに首根っこを押さえつけられる。顔を上げられず、枕に顔を押しつけられる。それでも、咄嗟に起き上がろうとした。
「ごきげんよう、ヴァドサ殿。」
痛みが走った所で発せられた声に、思わず動きを止めてしまう。動きが止まった所で腰も押さえつけられて全く動けなくなった。
(なぜ、こんな所に!?)
シェリアである。シークは焦りながら困惑した。しかも、なんで薬を塗っているためとはいえ、服がはだけている時にやってくるのか…。そして、息が苦しい。
「リブス、手加減しなさい。怪我人でしてよ。」
リブスはたぶん、シェリアの護衛をしているあの武人だろう。名前は知らなかったが、いつも殺気を飛ばしてくる。シェリアに注意されて、若干、首を押さえる手が緩まった。おかげで息が少し楽になる。かなり殺気が籠もっていた。シェリアが注意しなければ、枕に顔を押さえつけられ続けたのだろう。意識が飛ぶまで。もしくは、息の根が止まるまで。殺気を飛ばしてくる理由は…分かっているが、こっちのせいじゃないと言いたい。
「……の、ノンプディ殿。なぜ、こちらに来られたのですか?」
ようやく息を整えて尋ねたが、首は回せない。本当はあんまり会話をしたくない。とても気まずい。
「もちろん、ヴァドサ殿のお見舞いですわ。」
その後、シェリアの言葉が途切れた。
「!」
突然、包帯の上から傷の付近を指で触られて、痛みに悶絶した。なんとか声は出さずに我慢した。涙が出そうだ。ベリー医師によると一番、ひどい所は五針だか縫ったそうである。後はすり傷だからいらない、と言っていたようだが、部下達によるとべらっとむけているそうだった。
「聞いていたより、ひどい傷ですわ。背中じゅう痣だらけですわね。」
どこか湿っぽい声でシェリアが言った。
「…ちょうど部下達に薬を塗って貰っていた所だったので……。お見苦しい所をお見せしてしまい……。」
ずっと煙を吸い続けたため、声もガラガラしていた。まだ、その影響で戻りきっていなかった。
「いいえ、見苦しいなんて。そんなこと全然、ありませんわ。」
(…え?)
部下達の視線が突き刺さっているのを感じる。みんな興味津々で見ている。
「とっても良い眺めですわ。ほほほ。」
「!」
シークも部下達も同時に言葉を失った。部下達の視線が二人をじっと観察している。シークは内心かなり焦った。彼が焦っている側で、シェリアは頬を染めて嬉しそうに笑い、続けた。
「お尻も隠さなくて良かったのですわ。そうですわ、わたくしがお薬を塗って差し上げますわ。」
「…そ、それはご遠慮致します…!」
慌てて言うと、シェリアはコロコロと鈴でも転がしたような声で笑う。
「まあ、遠慮なさらなくてよろしいのよ。殿下の御ために、こんなに満身創痍なんですもの。何かして差し上げたいんですの。」
それは…どういう意味だろうか。言葉通りに受け取ったらいけないはずだ…!シークは必死に考えた。
「…ご、ご冗談を。」
とりあえず言うと、シェリアはさらに笑う。
「いいえ、冗談ではありませんわ。本気ですわ。本当なら寝所に連れ帰りたいくらいですわ。」
「!」
ぶ!と部下の誰かが吹き出しかけている。シークは全身冷や汗をかいていた。
(…な、何を言うんだ、この人は!)