教訓、十三。周到な罠に気をつけよ。 14
2025/05/08 改
その様子を確認しようと、謎の男は斜面下を覗こうとしたが、とっさに戻って振り返った。恐ろしい殺気を感じたのだ。男はすぐさま、走って逃げ出した。相手は一晩中、主と離ればなれになって殺気立っているニピ族だ。
敵に回していい相手ではない。弓矢を持っているのが見えたので、まっすぐ走らずに蛇行して走り、木の陰に隠れようとする。それでも、耳元を矢がかすめ、一本は左肩に当たった。革の胴着を貫いて、鏃の先が肉に刺さった。それでも走り続けていると、矢は飛んで来なくなった。
(あともう少しだった。くそ…!)
予想以上に手こずり、時間を食ってしまった。男は仕方なく、退散することにしたのだった。
矢を射ったフォーリは仲間がいれば追いかけることができたが、と思いつつ、男が覗いていた斜面下を覗いた。斜面下はまだ、薄暗くて余計に見えづらい状態になっている。それでも、フォーリはシークの姿を見つけた。
若様を抱えたまま斜面を滑落したようだ。手には剣を持ったままだ。『うわ!』という悲鳴は落ちた時のものだろう。急いで斜面を降りた。
「しっかりしろ、ヴァドサ。大丈夫か?」
シークはフォーリに肩を揺すられて目を覚ました。一瞬、どこにいてどうなったか分からず、咄嗟に剣を握って振り上げた。何かに剣とは違う、それより柔らかい衝撃で静かに捌かれた。フォーリの鉄扇だった。舞で静かに柔らかくシークの剣を捌いたのだ。激しくすれば、若様を怪我させるかもしれないからだ。
「おい、しっかりしろ。大丈夫か?」
もう一度、尋ねられてシークは、ようやく頭が目覚めた。
「おい、フォーリ、どこにいる?」
上からベリー医師の声が聞こえてきた。フォーリが答え、やがて複数が降りてきた。
「…これは……!」
最初に降りてきたベリー医師が、絶句した。
「先生、さっき起こすまで気絶していました。大丈夫でしょうか。」
「隊長、大丈夫ですか?」
「隊長、大丈夫っすか?」
ベイルを始め、シークの部下達が降りてきた。
「立ち上がれるか?」
フォーリとベイルに支えられて、ようやくシークは立ち上がった。動き出した途端、全身に痛みが走る。
「いててて…!」
「若様にお怪我はないか?」
「たぶん、大丈夫のはずだ。」
「隊長、怪我してないんですか?」
「たぶん、したとしたら、一番最後に斜面から滑り落ちた時だ。…あ、その前にもかすられたか。! そうだ、あの男はどうなった?」
シークはフォーリとベイルにそれぞれ話ながら、落ちる前のことを思い出した。
「矢を射ったが逃げられた。」
フォーリの答えにシークは頷いた。おそらく逃げられただろうとは思った。
「フォーリ、若様を。」
フォーリもそのつもりでいるし、ベリー医師がすでにおんぶ紐代わりの紐を切っていた。
「若様、フォーリです。こちらへ。」
「……う、うう…ん。」
若様は半分、まだ眠っているようだ。普段、あんまり眠れないようだが、眠り出すとちょっとやそっとで起きないらしい。それにしても、あの状態でというか、この状態で眠れるというのも、案外、肝が太いと言えるのではないか。
「若様、フォーリに移って下さい。」
シークも言って、もう強制的に抱き上げてフォーリに渡そうとした。
「う、うう…ううん。」
若様は寝ぼけながら唸ったかと思うと、細い腕でシークの首にしがみついた。細い腕がしっかり首を締め上げる。
(く、苦しい…。)
そう思った時には、目の前が真っ暗になった。
「! 隊長…!」
「おい…!」
「…あぁ、落ちたね、こりゃ。」
同時に複数の声が重なったが、もはや聞こえていなかった。フォーリとベイルが支えていても支えきれずに、とりあえず地面に寝かせるしかなかった。
「とどめがまさかの若様だったか。完全に気絶した。」
ベリー医師がぼそっと言う。そのまま若様が首を絞め続ければ死ぬので、フォーリとベリー医師、ベイルの三人でなんとか若様を引き剥がした。
フォーリは二の舞を踏むまいと、心の中で固く決心した。若様を守ることができなくなる。フォーリも想定外の出来事だった。