教訓、十三。周到な罠に気をつけよ。 12
2025/05/07 改
「ヴァドサ隊長も水を飲んで。」
できるだけ節約したいが、若様の心配を減らすには飲んだ方がいい。喉が渇いているのは事実だった。水を飲み、もうしばらく進んだ。敵から隠れるのによさそうな大木と倒木の陰を見つけた。虫や獣がいるかもしれないので、剣と足で様子を探ってからかがみ込む。背中を大木に預けた。左側は倒木があるのですぐには、敵の攻撃を受けないですむ。
腐葉土の匂いがしている。様子を覗っていると、誰かが来る気配はない。シークは国王軍の兵士が常に身につけている鞄から、非常食の堅パンを取り出した。水分を抜いてあるので、とても固いがないよりましである。しかし、若様が食べるのは難しいので、蜂蜜の小瓶も取り出した。
「何をしているの?」
若様が小声で聞いてくる。
「非常食を出していました。とても固いパンですが、食べてみますか?」
すると、若様は頷いた。
「うん。食べてみる。お腹空いた。」
「本当に固いですよ。」
「うん。一日中、ご飯を食べられない時があった。それに比べたらましだよ。」
きっと、リタの森などを逃げたりしている時の逃亡生活時のことだろう。
「どうぞ。これで若様も国王軍の仲間入りです。これをかじりながら、野宿しての訓練を受けますから。」
一枚を渡して、少しでも緊張を取ろうと冗談めかして言うと、若様が少しだけ笑ってくれた。
「…ふふ、本当?」
「本当です。それと、涎で溶かさないと固すぎてかじれません。」
シークは自分も一枚を口にくわえた。どうせ固すぎて涎でうるかさないとかじれない。二人がパンをかじっている間、幸いなことに敵がくることはなかった。シークが食べ終わっても、若様はまだかじっていたが、それでも一生懸命食べていた。食べ物の大切さを知っているため、決して残そうとしなかった。
パンを食べ終わったので、蜂蜜の小瓶を開けた。蜂蜜は緊急時用に全員が所持している。命を繋ぐ食べ物としてだけではなく、傷薬としても使えるからだ。
「若様、これに指を突っ込んで舐めてください。」
「これ、何?」
「蜂蜜です。甘いですよ。元気になるために舐めるんです。」
若様はためらった。
「……でも、食べ物の中に指を突っ込んでいいの?」
パンなどを食べる以外に、手で食事をする習慣ではないので、確かに食べ物の中に指を突っ込むことはあんまりない。しかも育ちがいいから余計だ。シーク自身、漬物をつけるとか料理をする以外で、食べ物の中に大胆に手を突っ込むような行動は取ったことがなかったので、なければ指を使えと言われた時、驚いたことを思い出した。
しかし、指以外に使えるものがない。そこで、自分の水筒を手探りで開けて、左手を洗うと小瓶に指を突っ込んだ。
「口を開けて下さい。」
「口?」
暗がりの中、若様は不思議そうにしていた様子だったが、おずおずと口を開けたので、その中に蜂蜜をすくった指を突っ込んだ。
「!」
若様はびっくりした様子だったが、ちゃんと蜂蜜をなめた。子どもの頃からぐずりだした赤ん坊に、自分の指をしゃぶらせたりしていたので、なんの抵抗もなかった。もう一回舐めさせて小瓶をしまおうとすると、若様が手首をつかんできた。
「…どうして、舐めないの? …本当は、もうなかったの?」
もし、仮に何かあった場合に備えて節約しようとしただけだったが、若様の小さな震える声に考え直した。
「そうではなく、単純に節約しようとしただけです。」
シークは言いながら、もう一度蓋を開けて蜂蜜を舐めた。
「…ちゃんと舐めた? 舐めたフリしてない?」
実は一瞬、舐めたフリをしてごまかそうかと思っただけに、若様の指摘にどきっとした。暗いから大丈夫だと思ったが、距離の近さで勘づいていたらしい。
「ご心配なく。ちゃんと舐めました。」
若様はほっと息を漏らした。
「…良かった。だって、ヴァドサ隊長の方が必要なのに、私のために残そうとしたんだと思ったから。」
やはり、勘の鋭い子である。ぼやぼやしていられない。時折見せる幼さに惑わされていたら、見透かされてしまう。
しばらくじっとしていたが、若様がおずおずと言い出した。
「…あのね、水を飲んでいい? 水が足りなくなったらいけないから。」
水は貴重だと分かっている。逃亡生活で身についたのだろうと思うと、複雑な気分になる。
「いいですよ。でも、一口か二口ぐらいです。」
ベリー医師に若様の分だけでなく、予備の分まで持たせられていたので、三つも水筒を持って歩いていた。それでも、水はできるだけ節約しておきたい。若様は自分が水を飲むと、シークにも飲めという。仕方ないので、少しだけ飲む。
夜の闇が二人を包み込む。時折吹く風が煙を運んできた。やがて、若様が居眠りを始めた。船をこいでぐらぐらし始めたので、しっかりと体を固定してやる。今日はさすがに疲れたのだろう。