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教訓、十三。周到な罠に気をつけよ。 11

2025/05/07 改

 両親が離れた所で心配しているとは思わず、シークは若様を抱きかかえたまま暗闇の森の中を走っていた。


 あの後、ベリー医師が薬を調合して若様に飲ませた。若様は少し落ち着いた様子で、安堵(あんど)したのもつかの間、シークの隊が全員(そろ)うと同時に敵も大勢やってきた。

 商人などに扮装した者もいたし、旅人のようにしている者もあった。多くは金目当てに(おそ)えと依頼されたならず者達のようだったが、中にはれっきとした武術を身につけている者達もいた。


 最初は若様を真ん中にする隊形で守れていたのだが、意外なことが起こった。親衛隊を集めるために笛を鳴らしたら、国王軍がいると分かった普通の人々が、助けを求めて走ってきたのだ。

 そう、火事で街道から降りざるを得なかった、本当の商人や一般の人々である。馬の暴走でちりぢりになり、ようやく国王軍がいると思って走ってきたのだ。


 当然、ならず者達はそんな人々のことは(かえり)みない。二、三人の人が戦闘に巻き込まれて斬られた。

 仕方ないので移動したが、移動すれば隙が出る。移動しないと一般人が入り乱れる。誰かがそこに行けと誘導しているようでもあった。


 そんな状態になったので、次第に苦戦になっていき、ばらけてしまった。というか、ばらけるしかなかった。シークの隊員達は、一般の人を巻き込んで逃げて平気という神経をしていないため、自然に助けてしまう。そんなことをしているから、ばらけてしまったのだ。


 シーク自身すでに何人斬ったか分からなかった。最初はばらけて逃げる時も、側にフォーリやベリー医師がいて、その側を離れないようにしていたはずなのに、暗さと煙でよく分からなくなり、気がついたら一人だったという、非常に危険な状態になっている。


 右手に剣を握り、左手で若様を抱えた。ニピ族であるフォーリがおらず、親衛隊の隊長が一人で抱えているので、格好の餌食(えじき)だと思ったらしい。


「…こいつ、一応、親衛隊の隊長なんだろ?」

「生け捕りにして、マウダにでも売れば結構な金になるんじゃねぇか?」


 頭にカチンときた。


「ふざけるな…!」


 とりあえず、それだけ言う。生け捕りにできると思っていること自体が(しゃく)に障る。シークは“悪口”の語彙(ごい)数が少ないので、たぶん、部下達なら何か適当な“罵倒”を口にしながら斬りかかっているのだろう、と思いながら斬りかかった。結局、無言で斬りかかることになり、相手は何かまだ喋ろうとしている時点で息絶えた。


 通り過ぎ去った後に倒れる。


「すまないが、全く手加減してやる余裕がない。悪く思わないでくれ。死にたくなかったら、帰るんだな。」


 マウダ(伝説的な人攫いの地下組織。少なくとも記録には百年以上前から残る。マウダに攫われると、大人・子どもに関係なく二度と帰ってくることができないと言われている。)に生け捕りにして売るとか、言っていた者達二人はすでに絶命している。


 若様は薬が効いたのか、あれ以来ぐずったりすることはなく、大人しく抱っこされている。下ろして歩かせるとかえって危険なので、重くてもずっと抱えたままだった。

 少し息が上がっている状態で言っても、無理なようだった。煙いので顔に(おお)いを掛けていたが、戦闘中に取れてどこかへ行った。敵は数に(たの)めば捕らえられると踏んでいるようだ。


「…さすがに生け捕りは無理だ。囲んで斬っちまえ…!」


 少し知恵の回る男が叫んだ。煙のせいで少し喉がやられてガラガラしている。シークはその男を狙って斬りかかった。少しも体力を無駄にできないので、常に一発勝負だと思って斬りかかる。今は相手の隙を突いてまっすぐ突いた。手ごたえがあり、相手の体に脚をかけて剣を抜いた。


 倒れた男には目もくれず、左からかかってきた男の剣を弾いた。剣でくると思っている男に柔術技で足技をかけ、体勢を崩した所で止めを刺す。

 それにしても、フォーリ達はどこへ行ったのだろう。自分がいつの間にか、かなり離れた所に来てしまったのだろうか。


 次の男に向かおうとすると、残った二人は恐れをなして逃げ出した。


(良かった。逃げるなら逃げてくれ。)


 その間にシークも逃げる。応援を引き連れてやって来られたらたまらない。

 数人を斬った場所から、さらに離れて走る。どこをどう走ったのか、全くもって分からない。暗いから方向が分からないし、煙があるから余計だ。森の中で木に気をつけながら、小走りで進んだ。

 あまり、遠くへ行きすぎてもまずい。仕方なく大木の陰に身を潜めた。


「…ヴァドサ隊長。」


 小さな声で若様が声を出した。


「…どうしましたか?」

「…あのね、ごめんなさい。おしっこしたい。ずっと我慢してたけど、もう、できないと思う。」


 それはまずい。抱っこされたまま、お漏らしになったら最悪である。


「分かりました。お待ちください。」


 シークは急いで若様を下ろすと、よさそうな場所を見繕った。森の道で少し(つまづ)いたが、若様はリタの森を歩いていただけあって、意外にも暗い森の中を上手に歩いた。マントを後ろで持っておいてやる。子守に慣れているので、子どもの便所についていくのは慣れていた。右手に剣を持ったまま警戒する。一番、危険なのは用足しの時なのだ。

 ごそごそと服を直している。


「終わりましたか?」

「…うん。ありがとう。」


 シークがもう一度、若様を抱えようとすると、若様が首を振った。


「歩いて行くよ。だって、ずっと心臓がドキドキしてた。苦しそうだったもん。」


 うつむきかげんに若様は言った。心配してくれているのだ。確かに体は楽になるが、若様が危険にさらされて隙が増える。今の場合はあまり得策とは言えない。まだ、若様の体が小さい分、なんとかそんな無茶ができるので、抱きかかえていくことを選択した。


「いいえ、若様。今の場合は抱きかかえた方がいいです。その方が若様をきちんと護衛できます。」

「…でも。」

「大丈夫です。若様。」

「じゃあ、おんぶされる。」


 おんぶだと背中から攻撃をされたらおしまいだ。そのことを説明し、ようやく若様はもう一度、抱っこされた。自分から言い出したものの、もう一度されるのは良くないと思ったのだろう。ベリー医師が処方した薬が効いて、落ち着いたのもあるかもしれない。

 水を飲ませてから、おんぶ紐代わりの紐でしっかり固定する。

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