教訓、十三。周到な罠に気をつけよ。 9
2025/05/06 改
ビレスはシークが子どもの頃、人攫いに攫われそうになった時のことを夢に見て、目を覚ました。
シークとギークが地方の道場に行った時、道場の前で遊んでいたはずなのに、ふと目を離した隙にどこかへ行ってしまった。シークに子守をさせることにしたものの、どうして自分だけ? という悲しそうな目を向けられると、さすがに胸が痛んだ。
どうしたらいいのか分からず、かけてやる言葉も上手く出て来ない。だから、せめて地方の道場に行く時は、必ず連れて行くことにしていた。シークを時々、道場に呼んで練習をさせることがあったが、いつ見ても筋が良く、子守をしているせいか腕の力もついて、木刀を振ってもふらつく事がない。型もできているため、指導することがなかった。
どうして何も教えてくれないんだろう、という不思議そうで悲しげな目線を向けられると、こっちも悲しくなった。無能な父親ですまないとそのたびに思った。
だから、地方の道場で多くの剣士達と、できるだけ多く触れ合える時間を作ってやろうと思ってのことだった。
いつも、子守をしているせいか、時間を持て余したのかもしれない。弟のエンスは、心配しなくてもいいんじゃないか、と笑っていたが気になった。そもそも、黙っていなくなることが珍しい。二人とも出かける時は、必ずどこへ行くか伝えてから出かける。そのように躾ているから、必ずそうする。
心配になったビレスは道場の周りを回った。すると、裏口で複数の使用人達が気になることを言っていた。詳しく話を聞くと、見慣れない連中がうろついていて、もしかしたら人攫いかもしれないというのだ。近頃、剣術道場に通う子ども達を狙う人攫いがいるという。外国に剣奴として売るらしい。
青ざめたビレスは、使用人達に子ども達の姿を見ていないか尋ねた。聞かれた使用人達も顔色が変わり、慌ててみんなで手分けして探すことになった。道場中の人達総動員である。
ここの道場は、昔からヴァドサ流を修めている高名な剣士一族が代々開いている道場だが、そこにヴァドサ家の総領が来て、総領の息子達二人が人攫いに攫われたとなれば、大変な失態であるので大慌てだった。
ビレスが急いで道場側を歩いていると、近所の老人が文句を言いながら、玄関前を掃除していた。どうやら、文句の内容からして見慣れない者達がゴミを散らかして行ったらしい。それで、急いで子ども達を見ていないか尋ねると、原っぱに行ったようだと教えてくれた。道場の者ならゴミを散らかさないように指導しろと、文句も言われた。急いでとりあえず、謝罪と礼を伝えて走って行くと、いたのである。
大人達に囲まれて、ギークは捕まっている。シークは必死になって弟を助けようと、頑張っていた。大人相手になかなかの奮戦ぶりだ。
「シーク、ギーク…!」
二人を呼ぶと、子ども達はぱっと顔を上げた。
「父上…!」
二人はほっとして声を上げたが、シークは敵を目前にして、後ろを向いて父の元に駆け寄ろうとした。その辺が子どもである。敵に後ろを見せれば当然、大きな隙になる。相手は当然、シークを捕まえにかかった。髪をつかんで引きずり、短刀を突きつけた。
人攫い達はおそらく、ビレスがヴァドサ家の総領だと知らなかったのだろう。
子ども達を人質に取り、向こうは勝てるつもりだったようだが、ビレスはようやく怒りを抑えた。大事な子ども達を攫おうとしているのだ。
それだけでも腹が立つのに、シークには飛び抜けた才があり、ギークも筋がよい子だ。子ども達の中で、最も期待している二人を攫おうとしているのだ。
「大丈夫だ、心配するな。必ず助けてやる。」
ビレスの言葉に子ども達は、安心した様子だった。子ども達に流血沙汰を見せたくなくて、目を瞑っていなさい、と言うと二人とも素直に目を瞑っていた。それでも剣を抜かず、血を流さないで人攫い達から子ども達を取り返した。
二人に怪我がなくて心底ほっとした。さすがに泣きべそをかいている。後でなぜ、知らない人について行ったのか、厳しく叱ると道場の人達だと思ったと言った。確かに道場は多くの人が出入りする。道場の人達だと確認できない場合は、ついていったら駄目だと言い聞かせた。
二人を連れ帰ると、みんな安心した。本当に危なかったので、街中の道場に子ども達を狙う人攫いがいると知らせ、剣術の猛者達が目を光らせるようになったので、街から人攫いは去って行った。
こんなこともあった。
シークが突然、剣術が下手になった。おかしいと思い、何をしたのか聞くと、道場の人達の動きを熱心に見ていたのだという。
それで、シークは見て動きを覚えるのが得意なのだと気がつき、それ以来、道場で練習させないようにした。そもそも道場に通うのは、剣術が上達するようにするためであり、下手になるためではない。
シークには裏庭で長老に教えて貰うだけで十分である。しばらくしたら戻っていて、その上、達人のような動きを身につけていたので、ほっとした。