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教訓、十三。周到な罠に気をつけよ。 8

2025/05/05 改

 大人達は一斉にはっとした。まさか、どこか若様に直接、接触する者がいるとは思わなかった。フォーリとベリー医師がいるので、大丈夫だろうと思っていたのだ。それに若様はどこか幼いので、そういう点では幼い子と同じだろう。


「旅館のおじさんは、たくさんいました。どのおじさんでしたか?」

「…みんな知ってる人だよ。フォーリだって知ってるよ。知らない人じゃないもん。」


 若様は叱られると思っているのか、言い訳を始めた。


「叱ったりしませんから、言って下さい。」

「…お部屋の準備してくれたり、お食事の準備をしてくれた人。」

「もしかして、旅館のご主人でしたか?」

「?分かんない。でも、昨日も今日も来た人。」


 具合が悪かったから、余計に主人かどうか分からないのだろう。


「若様、折り紙みたいな人でしたか?」


 シークが聞くと、ふふっと若様は吹き出した。当たりだったらしい。


「うん。折り紙みたいなおじさん。びしびしお辞儀してる人。」


 間違いなく旅館の主だ。


「それで、何を貰ったんです?」


 ベリー医師の声が少し怖くなる。


「……ごはんの時にお菓子をくれた。」

「若様、それを食べたんですか!?」

「なんで、私に言わないんですか!?」


 ベリー医師とフォーリに同時に叱られ、若様は泣きべそをかきはじめた。


「……だって、目の前で一つ口に入れて見せたから、大丈夫だって思ったんだもん。それにご飯の時に並べながらだったから、大丈夫だと思ったもん。」


 確かにそれだと、若様も大丈夫だと思ってしまうだろう。料理を出しに来た人なのだから。しかし、毒味役がいないので、臨時にベリー医師が毒味をしていたが、気づかないとは思えない。


「でも、なかったですよ。」

「…ごめんなさい。こっそり隠した。後一個しかなかったから、毒味したらなくなっちゃう。おじさんが食べてるなら、ベリー先生がしなくても大丈夫と思った。」


 子どもらしい行動だ。若様がそういう意味では、子どもらしくて良かったと思う。


「二人が見てない時にこっそり食べたの。料理に何も入っていなかったし、きっとお菓子も大丈夫だと思った。おじさんも元気にしてたから。」

「他に何か受け取りませんでしたか?」


「……手巾。これをくれた。お部屋を準備してくれて、何も問題なかったから、貰っても大丈夫だと思った。旅の途中で汗をかいたりするだろうからってくれた。

 フォーリに言おうとしたけど、いちいちお礼を言われるようなことじゃないから、いいって。荷物を確認したりしていて忙しそうだったし、私もそうだなって思ったから言わなかった。」


 若様は服の懐から、貰った手巾を取り出してベリー医師に渡した。

 ベリー医師が言っていたことは、こういうことかとシークは納得した。若様に慣れて貰うと昨日、言っていたことについてだ。一人でも若様に向ける目を増やしておかなくては、二人が知らない間の接触があるということだ。


「若様、日頃から言っているでしょう! 人から何か貰ったら、必ず報告するようにと! なんで言わなかったんですか…!」


 首を(すく)めそうになるほどの雷が落ちて、若様は泣き出した。そもそも、大声を出すの禁止じゃなかったか?


「…先生、叱ってます。さっき、叱らないと約束を。」


 思わずシークが言うと、若様はますますぎゅっと抱きついてきた。


「だめです、甘やかしては…!」

「先生、それでは子どもに約束は破っていいし、嘘をついてもいいと教えることになるのでは?」

「……。」


 ベリー医師はむ、と黙り込んだ。


「ベリー先生、一本取られました。先生の負けです。」


 フォーリが横やりを入れた。


「とにかく、早く行かないと…!」


 フォーリはそればかり言っている。確かにそれも一理ある。だが、若様が隠していたことも重大なことだ。つまり、旅館にいた時から手を回されていたことになる。旅館の主人でさえ、何者かに取り込まれていたのだ。


「だから、待てって言ってるでしょうが!」


 完全にフォーリはベリー医師に当たられた。フォーリに当たった後、ベリー医師はため息をついた。


「確かに先ほど、叱らないと言ったのに、思わず頭にきたので大声を出してしまいました。その点についてはお詫びします。申し訳ありませんでした。


 ですが、若様。その手巾に染みこませてある匂いは、若様の体には良くないものなのです。それだけでは、そこまでの効果はもたらさないはずですが、おそらく、お菓子に入っていたものがよくありません。

 だから、病状が合わず、おかしいと思ったのです。場合によっては命に関わります。ですから、私も厳しく申し上げました。」


「…ご、ごめんなさい。…あのおじさん、悪い人だったの?」

「そうですね。そこまで深くは考えなかったのでしょう。弱みを握られていて、死ぬわけではないと言われたら、実行するでしょう。ちょっと具合悪くなるだけなら、大丈夫だろうと思ったんだろうと思います。」


 若様は落ち込んでいるようだ。


「……親切な人だと思ったのに。」


 裏切られることが続くと、人を信じられなくなるのではないだろうか。思わずシークは若様の頭を()でた。しかし、本当に油断はならない。どこにそういう者がいるか分かったものではない。フォーリもベリー医師もピリピリするわけが分かった。高級旅館の主にまで、手が伸びているとは想像していなかった。


「若様、先生に言わなくても、私にだけは話して下さい。」


 フォーリが話が終わった所で言った。


「……うん。ごめんなさい、フォーリ。」


 ようやく話して貰えたフォーリは、顔が急に明るくなった。本当にニピ族から主を引き離したら、危ないんだとつくづく思う。


「それでは、こっちに来ますか?」


 いそいそとフォーリが提案する。


「……ううん。こっちにいる。」


(…なぜですか、若様!?)


 フォーリが一層の殺気を込めて、シークを(にら)んでくる。こっちは腰も痛い。背中も痛い。肩にもおんぶ紐代わりの紐が食い込んでいる。


「早く移動しなくては…。」


 落ち込んだフォーリがそればかり繰り返す。


「だから、待ちなさい。薬を調合するから。ほら、松明をこっちに持ってきて。」


 シークの部下を使い、明かりを(そば)に持ってこさせる。


「先生、ここで調合するんですか?」


 シークの代わりにベイルが尋ねた。


「はい、もちろんです。」

「しかし、フォーリの言うことも一理あるかと思いますが。」


 ベリー医師の弁はふるっていた。


「どうせ、敵がいつ来るか分からないんですから、ここに味方が密集している時に来た方がいいでしょう。そのうち、バラバラになった味方も来るはずです。」

「……つまり、ここを拠点に戦えということですか?」


 ベリー医師はもはやそれには答えず、薬草を量り始めた。


「…ベイル。仕方ない。ベリー先生の言うとおりに。先生の言われることにも一理ある。動きにくい中、むやみに動いても危険が増すのは事実だ。」


 シークは守りを固める隊形を取りつつ、どうせならと積極的に笛を鳴らして、ばらけた味方を集めることにした。


「さっき、味方のフリをした敵も混じっていたから、気をつけろ。」


 シークの注意にみんな気を引き締める。


「どうせなら、レルスリ家やノンプディ家の領主兵達も気が付いてやってきてくれたらいいんですが。」


 ベイルがぼやいた。

 実際にそうだった。どうやったら、無事にたどり着けるのか。まずは今晩をどう乗り切るかが課題だった。


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