教訓、十三。周到な罠に気をつけよ。 7
2025/05/05 改
三人は様子を見ながら少しずつ戻り、道に出る前には慎重に様子を覗った。とりあえず静かだが、なぜ松明の火があるのか。敵の松明なのかどうか。
人が動いている気配がある。道を向こうから歩いてきた。行ったり来たりしているようにも思えた。シークは部下達がどこへ行ったのか心配になった。ちゃんと駅に向かったならいいが、敵に捕まったりしていないだろうか。
その時、ピーピーと親衛隊の笛が鳴った。少し先で鳴っていて、近くの人の気配が笛を鳴らし始めた。シークの部下の一人だったらしい。暗くてよく見えない。お互いにピーピー笛を鳴らしながら、走り寄っていく。
シークも出て行こうとしたが、フォーリは慎重だった。集まったところを襲撃されないか心配しているようだ。笛は鳴らさず、一番最後にひっそり行けというのでフォーリに従う。
笛の音が静かになってから、後ろから三人はそっと近づいていく。ベイルが点呼を取っているようだ。
「隊長を見たか?」
「いいや、フォーリもベリー先生もいない。」
「どこへ行ったんだ?」
その時、気配を消して近づく三人に気がつかなかったのか、一番後ろに集まったうちの二人が剣を振り上げた。フォーリの懸念通りだ。暗くて煙があり見えにくいのを利用して、仲間のフリをした敵が合流したのだ。
思わずシークは飛び出した。隊員達がやられそうなのに、黙って見ていることはできない。距離の問題もあり、一人は胴を薙ぐようにして斬ると、剣を上に上げるようにしてもう一人の腕を切った。敵の腕が飛んだ。
一瞬の出来事に部下達が驚いて振り返った時には、ドサドサと二人が倒れた所だった。腕を切られた男は地面をのたうち回っている。
「馬鹿、若様を抱えているんだぞ…!」
フォーリが怒ってやってきた。
「すまん、つい。」
シークが謝ると、フォーリはため息をつきながら、地面をのたうっている男を気絶させた。
「私が行こうとしたのに。止める間もなかった。」
まだ、文句を言っている。
「! 隊長…!」
「いきなり現れたと思ったら、二人を斬って登場とは。」
「良かった。ご無事で。若様は?」
「ご無事だ。今、何人、集まっている?」
「十人です。」
「後四人か。」
「隊長、どうしましょう。なんとか駅まで進むにも、こう暗くて煙が充満している中では、進むことすらできません。何より、さっきの馬の暴走は痛かった。私達も馬はなんとか宥めていますが、厳しいです。野宿するしかないかもしれません。」
「進んでも、後退しても、立ち止まっても同じだ。」
めったに口を挟まないフォーリが言った。
「若様を連れ去るか、殺すかするまで続く。おそらく、連れ去りたいから面倒なことをしているんだろう。殺すならもっと手っ取り早くできるはずだ。」
フォーリの口調にはいらだちが混じっている。しかも、彼にしては珍しく若様がどう思うか、心情を考えずに言っているように聞こえる。若様の存在を忘れたわけではないだろうに。若様が怯えないか心配になった。
「とにかく、一刻も早く若様を安全な場所にお連れしないと…!」
フォーリが妙に怒っているようだ。考えてシークは、はっとした。ニピ族から主を取ったら駄目だと、昔から言われているではないか。主が自分の元にいないから、いらついているのではないか?
(これも取った内に入るのか? いや、こっちから取ったわけじゃないのに。向こうから勝手に来ただけだ…!)
むしろ、返却…いや、お返ししたい。首も肩も腰も背中も痛くなってきた。さっきから首を回す頻度が増えている。
「若様、フォーリの方に行きませんか?」
そっと若様に打診してみる。
「……。やだ。」
若様の返事にフォーリとシークは内心で泣きが入った。帰ってきて欲しい人と、帰って欲しい人と…。
「…もっとちゃんと抱っこして。」
その上、注文が入った。めったに我がままを言わない子が、なんで、今日に限ってそういうことを……。そこまで、考えてシークは気がついた。
「ベリー先生、馬を興奮状態にさせる薬草は存在しますか?」
さっきから、ずっと考え込んでいる様子のベリー医師にシークが尋ねると、ベリー医師は頷いた。
「ありますよ。でも、さっきの場合は興奮状態というより、恐怖に怯えているというか、神経質にさせたような……。そうか。そうか、さっきから腑に落ちなかった。ヴァドサ隊長、よく気が付きましたね。」
「いや、長年、子守をしていたもので。」
「そうか、あの煙を吸ったから、余計に怖くなったかも。でも、怯えていたのは火事の前からだったか。若様、誰か知らない人から何か貰ったりしませんでしたか?」
どうやら、若様の病状を疑わしく思っているらしい。
「ベリー先生、今はそんなことより、早く進まないと。」
フォーリがさっきより、殺気立った声で催促した。シークをじっと殺気の籠もった目で睨んでくる。
(待ってくれ、私のせいじゃない…!)
「待ちなさい。どうせ、進んでも後退しても、立ち止まっても危険度が同じなら、立ち止まってもいいはずだ。」
「ああ、確かに。」
誰かが言っている。確かにその通りだ。
「若様、診察しますよ。ちょっとマントをめくりますからね。」
シークは若様の診察の間、マントを持ち上げていた。
「少しまだ熱がありますね。ところで、若様、もう一度お尋ねしますが、何か知らない人から受け取ったりしませんでしたか?」
「……ううん。知らない人じゃない。」
「誰かに何か貰ったんですか?」
「……うん。」
若様の歯切れが悪い。
「誰ですか?」
「旅館のおじさん。」