教訓、十三。周到な罠に気をつけよ。 5
2025/04/27 改
街道脇の道は大混雑していた。大勢が大街道で起きた火事のため、降りざるを得なかったからだ。それでも、少しずつ駅の方面に向かって進む。
シークは若様を抱え、マントで覆って馬に乗っていた。しがみついて離れなかったのだ。それに守ってやると約束したのもある。
フォーリが寂しそうだ。ずっと守ってきたのに、可哀想に。でも、若様もフォーリが父親とは少し違うと思っていたのは分かった。それでも、家族みたいと言っていたのだから、それでいいではないか。こっちだって、まだ結婚していないのに父親を求められているのだ。
問題はシークが指揮を執りづらいということだった。指揮を執って若様と共にいるフォーリとベリー医師を、護衛することは想定してきたが、今の状況は想定していなかった。
隊員達も驚いていたが、仕方ないなという表情を浮かべている。たぶん、みんな子守に慣れているからだと思っている。
ゆっくり進んでいると、前方が騒がしくなった。
「何事だ?」
仕方ないのでベイルに指揮を任せているが、つい、口を出してしまう。
「隊長、待って下さい。今、確認に行かせています。」
ベイルに言われ、シークは思わず頭を掻いた。
「すまん、つい。」
すると、ベイルが吹き出した。
「なんだ?」
「いいえ。別に。隊長は隊長だなぁって思っただけです。」
意味不明でシークは首を傾げた。
「どういう意味だ?」
首を捻っていると、若様がごそごそ動いた。少し熱があるのでぐったりしている。
「若様、どうしました?」
「…のど、乾いた。」
馬上で完全にこっちに体重をかけてくるので、しっかり抱きかかえていなくてはならない。こういう所がおそらく、十歳で時が止まっている部分なのだろう。十四歳にもなって、大人にこんな風に甘えてくる子もそうはいない。
ベリー医師から水筒を受け取り、若様に飲ませる。水を飲むとまた、ぐったり体重をかけてきた。ぎゅうっと抱きついてくる。落ちないよう収まりがいいようにしているのだ。熱のために体が熱く、こっちも汗ばんでくるが仕方ない。
フォーリが警戒した。若様に気を取られていたシークもはっとした。
馬が前方で激しくいなないている。何事か起きている。ベイルが隊形をできるだけ若様を抱きかかえているシークに寄せた。狭くて混雑した道で、何か起これば一大事だ。だが、敵はそれを狙っている。わざわざ火事を起こしたのだろうから。
「うわぁ、馬がそっちに!」
「気をつけろ!急に馬が暴れて!」
馬が急に暴れ出したのだ。あたかも伝染病のように、馬が次々と落ちつきなく動き、馬によっては暴れ出した。
「どうした、なんで急に?」
部下の馬達も落ち着きがなくなり始めた。多くの馬がいる中で、一頭が走り出すと、きっとみんなそっちにつられて走り出してしまうだろう。元々は群れで行動している動物だ。
「おっと、どうしたんだ?」
ベイルの馬のビースも落ち着かない。
「煙だ。煙の臭いに何かある。動物は元々、火が怖いし、煙の臭いには近寄らない。もしかしたら、馬が暴れるような薬草を一緒に燃やしたのかもしれない。」
フォーリが言った。
「もっともな意見だ。私達の馬は火なども怖がらないよう、様々な訓練を受けている。その馬が落ち着かないというのは、フォーリの言うとおりだと思う。」
「その可能性は高いと思います。」
シークが同調すると、ベリー医師は辺りを見回しながら聞いてきた。
「この辺は辺りに何がありますか?」
「この辺はなだらかな丘陵地帯で、街の森と田畑が点在する一体が続きます。ほとんどは街の森です。暗くなってしまったから、運が良ければ街の森を抜けて田畑と人家の側に出られるというところでしょう。」
街の森とは、人々が家を建てたり何かを作ったり、薪にしたりするための木材を育てるための森だ。森の子族との大昔からの約束で、森の子族の森を破壊しなくてすむように、街の人間が使う木は自分達で育てて調達する。
管理されている森だとはいえ、広大で自然林と繋がっている箇所も多い。そんな森の側でというか、街道がその中を走っているから、その脇に放火するなど、とんでもなく悪い所業だ。
「敵も隠れやすいということか。」
シークの説明にフォーリが呟く。
「!」
その時、バァーン…!という銅鑼でも叩いたような、大きな金属音が響いた。若様がビクッと体を硬直させた。
ヒヒヒーン…!多くの馬がいなないた後、一頭が走り出したようだ。そして、どの馬もそれに続きだした。
それはノンプディ家の馬もレルスリ家の馬も、そして、避難誘導されて降りてきた、街道を通っていた人々の馬も同じで、訓練された部下達の馬も同様だった。
ドド、ドドド…!これだけの馬がいれば、地響きが凄い。戦場にでもいるかのような気持ちになる。
「うわぁ、待て!」
「落ちる…!」
「助けて…!」
「ああぁっ!」
辺りは一気に大混乱になった。一体、どれほどの人が大怪我をしただろう。もしかしたら、死者も出る。いいや、もしではなく、間違いなく死者も出た。木に激突したような音もしていた。人が馬にはねられ、踏まれたような様子も暗がりの向こうに見えた。
火事で煙が充満し、燃えている中を突っ切った方が安全だったのか。
「ヴァドサ。私はお前の判断が間違っていたとは、思わない。燃える火の中を通るなんて、そんなに危ないことを若様にさせられない。若様にさせられないことを、他人にもさせられない。」
思わず自分の判断が間違っていたかと考えてしまったシークに、すかさずフォーリが言った。なんとか馬を宥めて扱っている。シークもブムを落ち着かせた。ブムでさえ、少し落ち着きがない。
「今は、若様をお守りしなくては。」
「そうだな。」
シークはそのことに集中した。
「いいか、私達はとにかく、カートン家の駅まで行く。それが目標だ。」
残っている部下達に伝えた。
「他の者達はどうしますか?」
ベイルの問いにシークは、断言した。
「置いていく。馬を制御できなかったのだから、仕方ない。あいつらもカートン家の駅に行くとわかっているのだから、そこに向かうだろう。」
「…隊長、そうではなく、この…この人達です。」
分かっている。今までなら、シークはすぐに人々の救助を命じた。
「ベイル。今の我々の任務はなんだ?」
ベイルがはっとした。
「若様の護衛だ。後のことはグラップスの隊に任せる。そのために、人員を割いてバルクス達を行かせた。」
ベイルは頷いた。他の者達も聞こえていただろう。ベイルはすぐに残っている者達を確認し、点呼を取った。
「あのう、レルスリ殿とノンプディ殿とはぐれたようですが。」
一人が言った。
「探すことはできない。あのお二人には領主兵もいるし、護衛もお付きの人もいる。彼らに任せ、我々は若様の護衛を行う。彼らも私達がどこに向かうか知っている。」
シークの説明にみんな分かったようだった。
「残りは私達も含めて八人です。」
バルクスやウィットを行かせて残りは十四人だった。約半数が馬を制御できずに行ってしまったようだ。
シークはすぐに残りの七人で隊形を組ませる。ベリー医師が側にやってきた。しかし、カートン家の医師は馬の扱いも巧みなようである。あの混乱の中、馬が暴れずにすんでいる。フォーリはすぐにどこへでも行けるように、わざと隊形に組み込んでいない。
「フォーリ、これでいいな?」
「ああ。今できる最善の隊形だ。」




