教訓、十三。周到な罠に気をつけよ。 3
2025/04/26 改
シークは馬に乗ると、松明や灯籠で照らされている街道を、残っていた部下達と進んだ。先を行く若様が乗った馬車を追いかける。やがて、前方に馬車が見えてきた。
部下達が護衛しているその後ろに並ぶ。
「! 隊長、戻ってきたんですね。」
テルク・ドンカが気が付いて、一番、最初に声を上げた。
「変わりはないか?」
「はい、別段、今のところは。」
「分かった。駅に着くまで気を抜くなよ。」
「はい。」
部下達に声をかけながら、自分のいる立ち位置に向かう。
「…隊長、何か臭います。」
前方にいたロモルが来て報告した。
「臭う?」
「焦げ臭いというか。」
森の子族出身のロモルは、耳や鼻がいい。
「おい、ウィット!」
もう一人の森の子族で、リタ族のリーム=ウィット・テロー・リタを呼んだ。
「ハクテスが何か臭うと言ってる。お前も少し先に行って、確認してくれ。」
「分かりました。」
ウィットがロモルと一緒に前方に出て行く。少しして戻ってきた。
「隊長、火事です。間違いないと思います。煙がこっちまで来ます。」
ウィットが報告に来た。
「ハクテスが先まで確認に行きました。」
「一人か?」
ウィットが頷いたので、ウィットの他にディルグ・アビング達四人に後を追わせた。罠だったら確認しに来た所を殺しにかかるかもしれない。それを防ぐためだ。
シークは馬車の御者に速度を落とさせた。窓を叩いてフォーリに現状を伝える。
「火事? …確かに風向きによってはなんとなく臭う。」
もうすでに風に乗って焦げ臭い臭いがしてきていた。窓を開けたので、客車の中でも臭ったのだ。
「今まで大街道で火事になったことはあるか?」
フォーリがシークに聞いてきた。西方将軍の管轄の任務なので、シークの方が詳しい。
「いいや、ない。駅舎での火事は年に二、三件ボヤ騒ぎも含めてあるが、街道脇でというのは今までに一度もない。」
「怪しいですね。」
今まで黙って聞いていたバムスが言った。
「足止めを狙っているのですわね。事故現場は通り過ぎましたもの。」
シェリアの指摘に、シークとフォーリは黙り込んだ。そうなれば問題がある。街道脇に街道を警備している国王軍が知らない道があり、先回りされているということになるからだ。しかも、放火の可能性がある。
「…そうなれば、大街道の脇に国王軍も知らない道があり、先回りされているということになってしまいます。」
バムスが明確に言葉にした。
「ええ。街道建設時の脇道がありますわ。そこから地元の人々が生活用の道路にしている箇所もありますもの。」
シェリアの指摘にシークは頷いた。
「仰る通りです。しかし、国王軍でも全ては把握できていません。当時よりも生活道路は増えていますし、森の子族の道もあります。」
「本当の問題はそこではない。」
フォーリが言った。
「分かっている。火事の規模がどれくらいか分からないが、足止めしようとしているのは明らかだ。」
その時、ロモル達が戻ってきた。
「隊長! 結構、大規模な火事です。何者かがいて、捕らえようとしましたが逃げられました。」
「あれは放火です。間違いありません。」
ウィットが怒った口調で報告する。シークはすぐさま馬車を止めた。後ろの馬車が追突しないように、部下達に連絡をさせながら、停まらせていく。全体の馬車の列が停まっていく。
「どうする?」
フォーリの問いにシークは決断した。煙に巻かれたらおしまいだ。危険でも街道を下りるしかない。しかも、馬車を降りるしかなかった。街道脇の道に下りる際に馬車のままだと大渋滞が起きてしまい、逃げることが困難になる。
「フォーリ、今すぐ若様を連れて馬に乗れ。レルスリ殿とノンプディ殿もお願いします。」
シークは中の二人にも伝えた。
「少し逆走することになるが、仕方ない。煙に巻かれたら大変だ。逆走して、街道脇に降りる道路がある。そこから降りるしかない。罠の可能性が高いので気をつけなくてはいけないが、その先の脇道まで戻ると道路が混乱し、さらなる事故が起こる可能性がある。」
フォーリは頷いた。
「若様、馬に乗りますよ。」
具合悪そうに座席に横になっていた若様は、「ううん。」と唸っている。良くない状況が続いていた。その間にシークは部下達に指示を出した。
「バルクス! ザン、ピンヴァーと三人で、グラップスの隊に火事が起こっていることを伝え、街道を走っている他の馬車にも危険を伝えろ。」
「私の家臣を使って下さい。」
奥からバムスが言った。
「わたくしの家臣には、他の馬車に危険を伝える役目をさせて下さい。速やかに役割分担をした方がよろしいですわ。」
「では、私の方は避難誘導をさせましょう。」
さすが八大貴族といったところだ。シェリアにしろバムスにしろ、二人の判断が早くて助かる。
「分かりました。ありがとうございます。」
礼を言って、バルクスを振り返った。
「聞いていたな。今の話を伝えて行動しろ。」
すぐにサミアスが動いて、領主兵の隊長を呼んで来ている。本当に仕事が早い。
「頼んだぞ。」
「はい。」
バルクスは事故処理や避難誘導など、そういう方面に向いている。すぐに仕事に向かった。
「ウィット!」
放火していることに怒っている部下を呼んだ。
「カンバ、アビングもだ!」
この三人は乗馬が上手い。はっきり言って、こんなに危険な任務をさせたことがない。
「お前達、三人には命がけの任務を与える。」
三人の顔が引き締まった。
「お前達は、火事になっている街道を突っ切り、一番近くの駅まで行って緊急事態を知らせる警鐘を鳴らせ。これは時間勝負だ。分かったな?」
「はい、分かりました。」
誰一人として嫌だと言う者はない。
「お待ちを。ここに予備の水があります。手ぬぐいを濡らして行きなさい。」
ベリー医師が言った。
「煙の中を抜ける時、鼻と口を濡らした手ぬぐいで覆うだけで、まったく危険度が変わります。本当ならマント全体を濡らせることができればいいのですが、それほどの水がないので。」
「先生、それだけでも助かります。」
水筒の水で、手ぬぐいを濡らした三人もそれぞれ礼を述べる。
「お前達、任せたぞ。必ず無事に戻ってこい。」
「はい。隊長もご無事で。」
シークは隊員達を送り出した。本当は何かあったら、怖いと思う。誰一人、失いたくない。だが、これは任務だ。不安なのにさっさと判断している自分がいて、不思議な気分だった。
「隊長、いつでも出発できます。」
ベイルが残っている隊員達を集めて、必要最低限の荷物を持たせた所だった。