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教訓、十三。周到な罠に気をつけよ。 2

2025/04/24 改

 セルゲス公一行がどこにいるのか、把握すること事態は(むずか)しくない。八大貴族の二人、レルスリ家とノンプディ家がくっついているので、それを追えば実に簡単なことである。


 問題はその仰々しい隊列を止め、セルゲス公だけをいかにして(さら)うかが問題だった。まずはニピ族の護衛である。ニピ族だから当然強いし、彼らを出し抜くのがいかに困難か知っている。

 次に親衛隊だ。(ねた)みによって悪評を立てられているだけなので、有能だろうから気をつけるように注意を受けている。国王軍での成績を調べたところ、かなり良い成績であるので、練度は高いだろうことが予想される。実戦でも本当に強いのかどうかは分からないが。隊長も含めて有名剣術流派の子息が三人いる。リタ族もいる。


 さらに、レルスリ家とノンプディ家の戦力である。彼らは当然、セルゲス公の護衛をするために、領主兵を配置している。ノンプディ家だけでも多かったのに、レルスリ家が加わってさらに難しくなった。

 突然、そういうことをしてくれるので、バムス・レルスリは嫌いだ。


 だが、難しくてもやってみる価値はある。そのために計画を立てた。

 男は森の中で息を潜めて隠れながら、考えていた。今は自分が出て行くわけではない。彼らはまさか、こっちが裏で糸を引いているとは思わず、自分達の考えでもって行動していると思っているだろう。彼らに計画を授けてやったのはこっちだ。


 まず、やるべきは馬車の隊列を止めること。その第一段階はもう、済んでいる。事故を起こさせて街道を塞いである。

 セルゲス公を乗せた馬車は、街道の事故処理が終わるか、そこの手前で脇道に降りるかしかない。もし、停まらずに進みたいのなら、脇道を降りることを選択するだろう。だが、仮に事故処理が終わることを選択しても問題ない。


 今日の警備担当の国王軍の隊長、副隊長の弱みを握ってあるので、こちらの言うことを聞いて、セルゲス公の誘拐に目を(つむ)るはずだし、場合によっては手伝うだろう。


 そろそろ、連絡がくるはずだった。しばらく、目を瞑って考えていた目を開けた。ガサガサと落ち葉を踏んで走ってくる足音がした。


「セルゲス公が来たか?」

「…そ、それが意外な展開に。」


 手下の答えに男は暗がりの中、振り返った。


「どうした?」

「セルゲス公の親衛隊が事故処理を手伝うように部下を送り、その際にレルスリ家の領主兵も同行し、事故処理を済ませてしまったと。セルゲス公は問題なく、停まらずに進んでしまいます。」


 確かに意外な展開だった。隊長のヴァドサ・シークは真面目で部下思いだと調べで分かっていたので、くそ真面目に終わるまで待つか、街道から降りて田舎道でも進むだろうとふんでいた。


「…まあ、いい。その先にも罠を張ってある。事故を起こさせる準備はできているだろう?」


 すでに日が落ちた暗がりの中、木が倒れたり、岩が転がってくれば事故になる。特に大街道では線路を走るので避けることができず、簡単に事故になる。


「…そ、それが…その。」


 手下の歯切れが悪い。


「なんだ?」


 その様子に、不機嫌もあわらに男は先を(うなが)した。


「その、事故を起こさせるために待ち構えていた者達が、親衛隊に見つかって捕まり、罠も使えないようにされてしまったようで。」


 それは確実に想定していなかった。


(いち)スート(およそ二㎞)先に配置してあったはずだ。」

「はい。それが捕まったと。」

「…あれは、まさか、捕まったわけではないだろうな?」

「なんとか、逃げたようです。」


 男は頷いた。現場で動いている肝心の男が捕まってしまうと、正体がばれる可能性があるのでまずい。とりあえず、最悪の事態だけは免れたようだ。


「私が行く。」


 男は言って隠れている木陰から出た。普通の人の目では男がどこにいるか、到底わからないだろう。でも、訓練された武人やニピ族なら見分けられてしまう。


「意外に切れる男のようだな。」


 男は純粋にヴァドサ・シークが切れ者だったことに、驚いていた。


「認めよう。真面目だけが取り柄の朴念仁(ぼくねんじん)だと思って(あなど)っていた。なかなか面倒なことにしてくれたではないか。」


 男は独り言を言ったが、言葉の割には口元に笑みが浮かんでいる。


「まさか、まだあるとは思っていないだろう。」


 男は地元民しかしらないような山の細い道を、暗がりの中、馬で走らせた。見えているかのように走り、手下は追いつけない。男にはもちろん見えている。


(さあ、これにはどんな顔をするかな…?)


 男はどこか楽しそうに喉を鳴らして笑った。




「申し訳ないが、グラップス、こいつらは私の部隊で預からせて貰う。尋問が終わったら、国王軍の宿舎に置いていくから連れて行ってくれ。」


 シークが言うと、ジルカ・グラップスはため息をついた。同期の一人で、彼も基本部隊の隊長だ。今はパーセ大街道の警備の任務についている。


「だが、街道の警備は私の担当だ。」

「そうは言っても、セルゲス公に何かをするつもりだったから、事故を起こすための罠を作って待ち伏せしていたのだろう。時間がないが、取り調べる必要がある。」

「ヴァドサ、お前、分かっているのか?お前がどういう嫌疑で…。」


 シークは部下達やノンプディ家、レルスリ家の領主軍兵がいる手前、ジルカの発言を手で制止させた。


「悪いが、グラップス。私もその例の件については、話を聞いている。」


 シークは小声でさらにジルカに伝えた。


「取り調べ担当のレルスリ殿が、私は無罪だと判断された。だから、セルゲス公の護衛の任務が許されている。」

「……。」


 どういう意味か分かったジルカは黙り込んだ。


「そういう訳だから、連れて行く。」

「…分かった。」


 ジルカは渋々、答えた。

 ちょうど、サミアスが領主兵を連れてやってきた。


「この者達は私達が預からせて頂きます。ヴァドサ殿は早く殿下の元に行かれて下さい。」


 否も応もなく取り決められる。相手は八大貴族だ。しかも、シークにしてみれば国王の代理でもある。とりあえず無罪だと判断されたとはいえ、まだ、何があるか分からないから気は抜けない。


「分かりました。助かります。」


 サミアスに礼を言うと、シークは馬の手綱を引いて馬の向きを変えた。


「シーク。」


 馬に乗る直前にジルカが深刻な声で呼び止めた。振り返ると、向こう側の松明の火に照らされて、深い陰を落としている同期の顔があった。


「気をつけろ。」


 もっと何かあるかと思ったシークは、普通の言葉に拍子抜けした。

「ああ、分かって……。」


 言いかけたシークの言葉を、ジルカは(さえぎ)った。


「そうじゃない。お前、もうすでに権力の争いに巻き込まれているんだぞ。お前の嫌疑はその証拠だ。お前の従兄弟達だけで、できる話じゃない。」


 同期で友人でもあるジルカの表情を見たシークは、黙ってその忠告を受け止めた。


「分かった。気をつける。」


 シークは頷くとジルカの肩を叩いて馬に(また)がった。


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