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教訓、十三。周到な罠に気をつけよ。 1

2025/04/24 改

 それは、突如として起こった。


「う、う…うわぁぁぁ! やだぁぁ! やめて! いやだよう! はなして!」


 突然、若様の悲鳴が上がり、シークは慌てて走っている馬車の横について走り、馬車の窓を叩いた。馬が嫌がるので、馬車の横に長居はできない。

 前にベリー医師が言っていた悪夢を見ているのだろうか。そのベリー医師が窓を小さく開けた。


「何事ですか? 馬車は止めますか?」


 シークの問いにベリー医師は否定した。


「いや、いい。馬車が揺れている方が、若様も早くに気が付かれるだろうから。」


 中からフォーリが必死に、泣きじゃくっている若様を(なだ)めている声がする。


「以前に話していた通り、悪夢にうなされておられる。」


 一体、何を夢に見てうなされているのか、なんとなく想像がついて可哀想(かわいそう)になる。考えてみれば、シーク自身も昨夜、同じような目に()ったのだ。その上、誰かが死んでもいいと思っていることに、想像以上に傷ついた。


 幼い若様は一体、どれほど傷ついただろうか。しかも、信頼していた叔父と叔母が裏切ったのだから、その衝撃(しょうげき)はいかほどだっただろうか。まだ、純粋な幼子の心は、千々に千切れそうなほどの大きな傷を受けたはずだ。


「今日の若様はご体調が優れぬご様子だ。夕方になる前に森の道を抜けられたらいいが。」


 ベリー医師も頷いた。森の道を抜けた先にある、カートン家の駅で若様を休ませることにしていた。旅館のある街まで、とてもじゃないがもたない。


「熱があるのが気がかりだ。」


 ベリー医師は深刻な表情で告げた。馬車の窓の隙間から、めったに見ないベリー医師の深刻な表情に、これは思ったより悪いのだとシークは判断した。できるだけ早く、駅に着くことを目的に走らせるしかないと判断する。


 シークはベリー医師との短い会談を済ませると、馬を走らせながら隊員達に合図を送り、できるだけ馬車の近くに集めておいた。さらに五人に先の様子を見に行かせた。

 若様の体調が優れなかったため、出発がかなり伸びた。その上、シーク自身もぼんやりしていたから、余計に時間がかかっている。途中の駅でも停まっていたし、時間をかなり食ってしまった。


(これはまずいな。もし、何かあったら私の責任だ。)


 シークがもっとしゃっきりしていれば、防げた事態かもしれない。一番、危ない場所ではない。そもそも、パーセ大街道ができてから、この大きな道で盗賊が出たことは、一度もない。パーセ大街道の警備は西方将軍の管轄で、シーク自信、何度も警備の任務についたことがある。


 それでも、妙な胸騒ぎを消すことができなかった。もし、今の警備担当の者が王妃の手先だったら?具体的に何か行動しなくても、怪しげな者を見逃すくらいはできるだろう。


 しばらくして、若様の悲鳴が治まって落ち着いた様子だったので、もう一度、シークは窓に近寄って叩いた。ややあって、今度はフォーリが窓を開ける。体を丸めて眠っているように見える若様を胸に抱いたままだ。


「落ち着かれたか?」

「…ああ。それより、何か異変でもあったのか?」


「いや、まだだ。今まで一度も大街道で盗賊が出たことはないが、もし、私が相手だったら、ここを狙う。それに、何も両脇の森に隠れている必要もない。商人などに扮装し、馬車が故障したふりをして、停まって待ち伏せすれば簡単なことだ。」

「そうだな。」


 フォーリの声がどことなく沈んでいる。


「とにかく、駅に着くことを最優先にするから、馬車は止めない。今は部下にこの先を確認しに行かせている。」

「分かった。」


「もし、何かあったら、お前はベリー先生と先に行け。ベイル達半分を護衛につけて先に行かせる。もうじき、夕方だ。フォーリ、すまない。私がもう少ししっかりしていれば、もっと早くに森の道を抜けられていたはずだ。本当に申し訳ない。」

「……。いや、ヴァドサのせいじゃない。あれだけのことがあれば、普通はもっと落ち込んでいるはずだ。」


 フォーリは一応、(なぐさ)めてくれている。シークは軽く息を吐いて苦笑した。確かにそうだろうな、と思う。シーク自身もっと落ち込むだろうと思っていたが、若様がくっついてきたりした驚きで、案外それが薄れていることに気がついた。


「とにかく、そう思ってくれて助かる。」


 そう言うと馬車から離れた。車輪が回る横を走るのは、馬にとっては嫌なことだ。


「ブム、ごめんな、よく耐えた。」


 愛馬に言って馬車から少し距離を取る。


「隊長…!」


 街道の確認に行っていた、ピオンダ・リセブとラオ・ヒルメが戻ってきた。


「大変です。この先で事故が起こり、馬車が道を(ふさ)いでいます。」

「すでに警備に当たっている国王軍の部隊が、片付けにかかっていますが、もうしばらくかかりそうです。ハクテスとアビングとザンはさらに先の様子を見に行っています。」

「警備はどの部隊だ?」

「グラップス隊長の部隊です。」


 シークはそれを聞いて、即決した。


「バルクス…!」


 笛を吹いて合図をすると、隊員を呼び出した。


「お前達、五人はグラップスの隊を手伝い、すぐに事故を起こした馬車を片付けろ。いいか、馬車は止めない。肝に銘じろ。馬車は止めないからな。」


 つまり、馬車が到達するまでに片付けろということだ。間に合わなかったら、さらなる事故になる。命がけの任務だ。送りだそうとしていると、後ろからサミアスが領主兵十人を連れてやってきた。


「私達も一緒に行きます。」

「助かります。お願いします。」


 礼を言って、バルクス達を送り出した。戻ってきた二人を入れて隊形を整え、馬を走らせる。

 はっきり言って、かなり厳しい命令である。それは分かっているが、馬車を止めるわけにはいかなかった。その事故は明らかに裏がある。その事故が起こった場所の手前に、脇道に降りる道がある。そこから、降りてしまうと田舎の道が続くため、移動の速度がかなり落ちる。その上、田舎道だから(おそ)われても対処しにくい。


 だからと言って、事故処理が終わるまでのんきに待っていれば、両脇の森から襲撃(しゅうげき)を受けるかもしれない。だから、人手を送って事故処理を手伝う方針にしたのだ。警備の部隊の隊長なら、王妃の言うことを聞いて、良からぬ工作をしないだろうと考えたのもある。

 それに、万一、王妃の息がかかっていたとしても、レルスリ家の領主兵も一緒に行って行動すれば、抑止力となるだろう。


 だんだん、日が落ちて辺りに夕闇の(とばり)がおり始めた。何事も起きないことを願うしかなかった。

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