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ガフズの独り言 2

2025/04/23 改

 話が一段落ついた所で、茶を持ってこさせて淹れた。


「ところで、気になっていたんだが、貴殿はなぜ、報復に殺すならば、自分を殺せと言ったのだ?」


 ガフズは気になっていたことを尋ねた。ビレスは茶を一口飲み、ため息をついた。


「…あの子には、才がある。私には遠く及ばない。(とび)(たか)を産んだのだ。」


 真面目な顔でヴァドサ家の総領は言った。ガフズは知っている。ビレスだって少年時代から、飛び抜けた才能があると言われていたことを。総領になる時点で相当の猛者であることに間違いない。そのビレスに『私には遠く及ばない。』と言わせるのだ。


「では、貴殿は子を守るために、己を殺せと言いに来たのか?」


 ビレスは頷いた。


「その通りだ。私にはあの子に教えることが何もない。」


 ガフズはビレスの顔を凝視した。教えることが何もないと言わせるほどの才能なのか。


「…それは、いかなることなのだ?それほどまでの才がご子息にあると?」


 ガフズの問いにビレスは、深いため息をついた。子のことになれば、ヴァドサ家の総領だろうとも、ただ一人の悩める親であった。


「貴殿はご存じだろう。ヴァドサ家の子育てと(しつけ)について。」

「知っておる。三歳から六歳までの子どもを集め、三年間毎日、熟練した剣士の技を見せるのであろう?噂では奥義ですらも見せるのだとか?実際にそれは効果があるものなのか?」


「……効果と言われれば分からないが、明らかに動きに違いは出る。特にシークは明らかだった。あの子は、六歳…正確に言えば五歳からすでに身につけ始めていたが、六歳で完全に奥義まで身につけていた。三年間、私達が見せたもの、全てを身につけ、動きも全てが完全だった。」


 ガフズはそんなことがあるものなのかと、ビレスを観察していたが、嘘をついている様子はなかった。


「嘘などではない。あの子の動きを、その場にいた免許皆伝している者みんなで確認した。私にはあの子に何をどう教えればいいのか、全く分からなかった。」


 もし、本当にそうならば、ガフズだって何を教えればよいのか、分からないだろう。


「…それは、大変な苦労だ。しかし、息子の話によれば、貴殿のご子息はまっすぐに成長しているようだが?」

「…本当に何も分からなかったので、ある方に助言を頂いた。近所で私塾を開いている先生で、当家の子ども達はみんなそこに手習いに行く。」


 朴訥(ぼくとつ)とビレスは話をする。


「それで、その先生に相談したと?」


 ビレスは頷いた。ガフズが上手く相づちを打たないと、話が途切れる。ヴァドサ家の総領は、かなり口下手なようだ。


「私が先生に教えることが何もないと相談すると、こう仰った。剣士として教えることが何もないならば、人間として必要なことを教えなさいと。しばし考えられて、子守をさせよと言われた。幼い弟妹達の面倒を見ている内に、人間として必要なことは全て身につけるだろうと。」


 ガフズは思わず膝を打った。


「なるほど、それは良い考えだ。赤ん坊ほど自分の都合しか言わぬ者はない。」

「私も先生の助言に従って良かったと思っている。」


 そんな話をして、ヴァドサ家の二人は帰っていった。

 念のため、ガフズは二人の後を追わせた。気配を消すことが上手い者に尾行させたが、気づいていたのか、いないのか。


 ビレスは帰り道、弟と別れて先に家路に就いた。途中、買い物に出ていた妻のケイレと一緒になった。


「まあ、お前様、どちらにお出かけでしたか?」


 ビレスは黙って妻から、荷物を二つほど受け取ると、野暮用だと言った。


「…そうですか。それにしては、何かいいことでもおありでしたか?嬉しそうです。」


 妻にはお見通しなのだろう。


「……シークのことだ。あの子の問題は、もう大丈夫だ。」


 ケイレは夫を見つめてから、大きく息を吐いた。


「何が野暮用ですか。重要なことではありませんか。」

「…ただ、あの子はこれから、剣術試合には一切、出場できなくなる。」


 ケイレは少し沈黙してから、はっきり言った。


「構いません。何より大事なのは、あの子の命です。それに、あの子は国王軍に在籍している間、試合に出場できません。何より、剣術試合に出場できないくらいで、ふて腐れるような子ではありません。」

「……そうだな。」

「それに、軍の仕事が忙しくなれば、剣術試合どころではないでしょう。」

「…どういう意味だ?」

「そのままの意味です。お前様、わたしはあの子が一番、軍で出世すると思います。」

「そうか?」

「ええ。一番、忍耐力があります。王族の方々の御前で侍るのに、一番必要なことではありませんか。」

「…確かに。」


 そんなことを言って、夫婦は家に帰っていった。

 ガフズは間違いなく、ヴァドサ家の者達だったとそれらの報告を受けた。




「それにしても、この息子も父親によく似ているようだ。」


 マムークの声で、ガフズは現在に引き戻された。


「なんだ? 何か問題でも?」

「従兄弟どもが嘘八百言っていても、言い訳の一つもしないようだ。」


 二人はあれ以来、ヴァドサ家の息子には目を配るようにしていた。


「裏から入っている情報だと、従兄弟どもが何かやらかすだろう。親衛隊に配属されてからだから、大事になる。今回ばかりはヤバいかもしれねぇな。」

「……。まあ、それ以上は我々の出る幕じゃねぇ。」

「まぁ、そうだけどよ。関わった以上、あんまり不名誉な除隊だけはしねぇで貰いたいもんだ。」


 ガフズは少し考えた。マムークの言うことも一理ある。関わっていて、しかも、報復を免除した相手だ。あんまり不名誉な除隊をされると、こっちの名誉にも関わる。


「お前ぇの言うことも一理ある。ちょっと情報を集めときな。必要なヤツには流してやれや。」

「分かったよ。」

「ところでよ、マムーク。うちの末息子はどうしてる?」


 イナーン家は末子相続なので、長男、次男は地方の拠点を仕切っている。三男のマムークがガフズの身辺を守り、四男のダフールが相続することになっている。


「ダフールのヤツ、好きな女の子ができて、今は恋愛に夢中だ。」


 ガフズは頭を抱えた。


「あいつめ。何をしておる。」

「自分は相続しないから、俺にしろと言ってくる。面倒だからお前がしろと言ってある。」


 ガフズは苦虫を噛みつぶしたような表情で文句を言った。


「お前ぇら、親分の座を簡単にあしらいおって。お互いに押しつけ合ってんじゃねぇ。」

「だってよ、親父。ダフールが相続するって決まってんのに、俺が引き受けるってねぇだろうよ。いろいろ、大騒動が起きるぞ。だから、黙ってダフールが親分をするしかねぇんだって。」


 年がいってる分、マムークの言うことは正しそうに聞こえる。だが、本心だと言い切れる者はそういないだろう。子分達は疑っているはずだ。なぜなら、長年、マムークの下に弟が生まれず、ひょっこり生まれたのがダフールだからだ。つまり、末子相続のイナーン家では、当然、マムークが長年、跡取りとして見られていたのだ。


 うちも危ねぇな、とガフズは思った。身内同士の跡取り問題は、流血沙汰や殺人騒動になりやすい。だから、マムークには地方の拠点を任せず、年取ってきたことを理由に手伝いをしろと言って、ガフズが直接マムークを見張っている。


「…セルゲス公か。」


 ガフズの心境を知ってか知らずか、マムークがぽつりと漏らした。


「俺と似たような境遇だな。」


 マムークは言って立ち上がった。思わずガフズはどっきりした。


「じゃ、ちょっと行ってくる。」

「…どこへ?」


 思わずガフズは聞き返した。


「親父…。まさか、呆けてきたのか? さっき、自分で言っただろ。ヴァドサ家の息子の情報を集めとくんだよ。なんか、ほっとけないんだよな。」


 マムークはぼやきながら、部屋を出て行った。ガフズは見送ると、知らず緊張していた息を吐いた。マムークだっていい息子だ。それなのに、ダフールが生まれた時、なぜかほっとしてダフールがとても可愛く思えた。

 なんとなく、もやもやした気分になった。


 その数年後、イナーン家では跡目問題で刃傷沙汰が起きるのである。

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