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ガフズの独り言 1

2025/04/23 改

「親父、これを見たか?」


 縁側で日向ぼっこしながら本を読んでいると、息子のマムークが十日に一回発行される新聞を持ってやってきた。


「いいや、まだ読んでおらん。」

「ほら、この記事さ。」


 ガフズが指さされた所を見ると、懐かしい名前があった。


「ほう。お前が会ったあのガキが出世したもんじゃねぇか。うちのもんを二人も斬り殺してくれたんだ。これくらい、出世しねぇとな。」

「まぁな。セルゲス公の護衛とは、出世したもんだ。親衛隊だもんなぁ。でも、曰く付きか。苦労しそうだぜ。」


 マムークがどこか心配そうに言っているので、思わずしわがれた声で笑った。


「なんだ、心配しとんのか?お前ぇにしちゃぁ珍しい。まぁ、刺客をゴロゴロ送られるようなお子様の護衛だからな。」

「…親父、芋でも煮っころがすような口調で言うなよ。でも、ぴったりな人選って言っちゃあ、そうだよな。」

「あの親父さん、どう思ってんだろうなぁ。」


 二人は笑ってあの時のことを思い出した。




 イナーン家は十剣術に数えられていないが、それなりの猛者だという自負がある。サプリュ(いち)剣士決定戦や、御前試合にもイナーン家の名を隠して出場することがある。


 そのイナーン家の者、二人が斬り殺された。しかも、まだ国王軍の訓練兵で、十七歳の少年に殺されたと聞いて、イナーン家中が大騒動になった。血の気の多い者達は、すぐに報復に行くべきだと主張したが、ガフズの三男のマムークは、決して報復を許さなかった。


 それもこれも、まず、戦う時に名乗らず、少年相手に五人がかり、子どもだから“剣士狩り”の対象にしないという通達を出したのにも関わらず、それを無視しての行動で、しかもこっそり金を貰って懐に入れていた。


 ガフズは決まり事をことごとく破っての行動を認めない、という決定を下したマムークの主張を認めた。結局、大親分が『報復するな!』と言ったので、渋々、血気盛んな連中も黙ったのだった。


 ようやく、その日の夜中までかかって、血の気の多い連中がヴァドサ家に斬り込みに行かないよう、宥めたと思った次の日、あろうことか、イナーン家の者二人を斬ったヴァドサ・シークの父親で、ヴァドサ家の総領ヴァドサ・ビレスが事情を知っている弟エンス一人だけを伴い、たった二人でイナーン家にやってきたのだ。


 ビリビリした空気の中、大親分に話があると堂々とやってきたので、子分達が流血沙汰にしないうちに急いで出て行った。

 ガフズとマムークが行った時には、すでに子分達は剣を抜いていたが、剣を抜きもしていない二人に勝てず、庭の地面に転がっていた。ヴァドサ流は柔術技も併せ持つ。そのため、剣がない時にも勝つ技がある実践的な武術である。


 子分達を一喝し、二人を応接間に通した。こちらも息子のマムーク一人だけを伴い、二対二で向かい合って床の座布団に胡座(あぐら)で座った。床にあぐらが正式な座り方だ。どちらも上座に向かい合って座る。お互いに平等な立場だという証だ。


「それで、ヴァドサ家の総領殿が話とは、一体、どういうご用件ですかな?」

「しらを切るおつもりですか?」


 じっとガフズを見つめながら、ビレスは言ってきた。静かだが迫力がある。剣は今、床に置かれていた。こっちも床に置いてある。


「いいや。」


 ガフズは笑った。


「すまない。こっちの手違いで、総領殿のご子息を剣士狩りに遭わせてしまった。申し訳ない。」


 ガフズが謝罪すると、ビレスも頭を下げた。


「こちらこそ、息子が二人も貴殿の配下を斬ったそうで、申し訳なかった。もし、報復すると言うのなら、息子ではなく私を斬って欲しい。」


 思わずガフズはビレスを見つめた。


「…いや、貴殿はヴァドサ家の総領だろう。総領を斬るわけにはいかん。しかも、手を下した本人ではない。」

「私では不足であると?」


 じっと視線をそらさずに言ってくる。イナーン家の大親分をしていて、そう簡単に物怖じしない自信があるが、これにはさすがに、背中が久しぶりにゾゾッとした。剣を床に置いてある同じ条件だとしても、おそらくガフズよりも、ビレスの方が剣を取って抜く時間は早いだろう。


「そういうわけではない。それに、息子のマムークがそちらに伝えた通り、報復はせん。そもそも、まだ少年である上に国王軍の訓練兵だ。最初から剣士狩りの対象外だったが、子分が勝手に金欲しさに実行した。」

「…そうか。金欲しさに…。もしかして、私の身内の者が金を払ったのか?」


 ビレスの問いにガフズは考えた。金を払った者は複数いる。


「そうでなくては、息子が試合に出場する剣士だと分かる訳がない。」


 ビレスがじっと答えを待っているので、ガフズは答えることにした。


「確かに、貴殿の身内にも金を払った者がいる。貴殿のそこにいる弟殿とは別の、弟殿の細君だ。」


 ビレスは一度、目を(つむ)り息を吐いた。


「かたじけない。誰かは分かった。彼女は息子の命まで取れと言ったのか?」


 静かに怒っている気配にガフズは久しぶりに緊張した。どうせ子分達は血の気だけ多いが、同席したとしてもこれに耐えられまい。


「生死は問わないと言い、一番多く金を払った。我々だって分かる。これは身内同士の(いさか)いだ。そんな争いに関わるのは良くないと。だから、余計に貴殿の息子には関わらないように命じたのだ。」

「…そうか。そこまで。迷惑をかけた。」


「いや、これはお互い様だ。これでこの問題は終わりとしよう。ただ、貴殿のご子息には申し訳ないが、これから先、剣術試合には出場しないで欲しい。血気盛んな子分共が、報復に試合に出場して殺すかもしれんし、今度こそ剣士狩りで勝てない状況で殺すかもしれん。」

「…分かった。息子を剣術試合には出場させない。」

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