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教訓、十二。他言無用の話も、話さなくてはならない時がある。 6

2025/04/23 改

 だが、次の瞬間(しゅんかん)、若様の表情が急に切なげになったかと思うと、突然、首に抱きついてきた。華奢(きゃしゃ)でも六歳児ではなく、十四歳だ。訓練しているので踏みとどまって抱き止めてやれるが、女性だったら後ろにひっくり返っているだろう。


 (おどろ)いて若様の後ろのベリー医師と、フォーリを見つめる。二人ともびっくりしていた。そして、驚きが去った後はフォーリは傷ついたような表情になり、その後にシークを(にら)んでくる。


 サミアスがさっき、ニピ族は焼き餅焼きと言っていたが、どうすればいいのか。こっちだって想定外だ。困っていると若様が小さな声で何か言った。聞き間違いかと思った。たぶん、恥ずかしいから小さな声で言ったのだ。それを大きな声で聞き返すのは、良くないだろう。

 さすがに十四歳になってそれをせがむのは、恥ずかしいと若様も思っているようだ。でも、それだけ若様は人の温もりに飢えている。


(仕方ない。フォーリにやきもちをやかれても、恨まれても若様の心を傷つけない方が先決だ。)


 シークは腹をくくって、若様の体を抱きかかえて立ち上がった。やはり、聞き間違いではなかった。ぎゅっと抱きついたまま放さない。さっきは『だっこ。』と幼い子が言うようにせがまれた気がしたのだ。

 昔からのくせで、子供を抱きかかえれば背中を優しくさする。周りの者達が驚いている中、さすってやっていると若様の緊張が少しずつ取れていく。


 困り切っていたベリー医師が、今は嬉しそうに笑っている。あんなに嬉しそうなベリー医師の顔を見るのも初めてだ。


「若様、馬車に乗りますか?」

「…ううん。今日は馬車に乗ったら気分が悪くなるもん。」

「ベリー先生に診て頂かなくていいですか?」

「ううん。」


 幼い子と同じだ。むずがる時はお腹がすいた、眠い、後は大抵、体調が悪い。しかし、これでは渋滞がひどくなってしまう。


「ベリー先生、フォーリ。」


 二人を呼ぶとベリー医師は珍しいことに、にこにこして、フォーリは嵐でも来ているかのような落ち込みようでやってきた。


(…そんなに落ち込まなくても……。今日は体調が悪いから虫の居所が悪いだけなのに。)


「次の停留所まで馬で行こうと思いますが、先生はどう思われますか?少し風に当たられれば、ご気分も良くなるかと思うのですが……。」


 とりあえず先にベリー医師に尋ねる。


「いいですよ。私も一緒に馬で行きましょう。フォーリも一緒に馬で行きます。フォーリ、それでいいな?」

「……。」

「いいようなので、それで行きましょう。」


 ベリー医師は、雷雲でも頭上に渦巻いているような様子のフォーリが何も言ってないのに、そう決めた。


「…先生、しかし。」

「いいんですよ。」


 ベリー医師の目に力が入り、『行け。』と言っているので、若様に確認する。


「若様、このままでは道路が渋滞してしまうので、馬で進みます。私と一緒に馬で行きますが、それでいいですか?」

「…馬で一緒に?」

「はい。」

「うん…!それがいい。」


 若様の機嫌が急に良くなった。やっぱり子どもなんだと思う。子どもらしい体験をしなくてはいけない時に、していないから…できなかったから、必要なんだろう。

 馬の扱いが巧みなリーム=ウィット・テロー・リタがシークの馬を引いてきた。彼がリタ族の隊員だ。普段はいたってもの静かな若者だ。ベリー医師とフォーリが乗る馬は、バムスの護衛のニピ族が引いてきた。


 若様を抱えて馬に乗った。普段から子守をしながら乗馬して、馬場を走らせることがあったので慣れているが、そうでなければ(むずか)しい。しかも…いつも同じであるが、怪我をさせられない。

 部下達が馬に乗った場合の隊形を組んで護衛する。その近くにフォーリとベリー医師がやってきた。


 シークは感覚的に、六歳くらいの子を抱き上げているような気分になった。若様は七歳の時に母親を亡くしている。その時くらいに若様は今、戻っているのかもしれなかった。ただ、物理的に六歳児より大きいので、若様の動きによっては視界を(さえぎ)ることがある。


 だんだん姿勢がきつくなってきたのか、もぞもぞ動き始めたので、一旦、止まった。


「若様、体勢を変えますか?前を向きますか?」

「…うん、でも……。」


 若様はいつでもフォーリの陰に隠れている。理由はきっと顔を見られたくないからだ。若様の顔は誰もが一瞬(いっしゅん)、言葉を失うほど美しく整っていて可愛らしい。みとれてしまうから、言葉が出ない。その一瞬の言葉を失っている時間が、若様にとっては嫌なのだろう。


「少しいいですか?」


 シークは若様のマントの頭巾をしっかり被せた。さらに襟も立てて、ボタンを留めて簡単に取れないようにした。真冬のような装いだが、それで若様は安心したようだ。


「これで、前を向けますね?」


 確認すると大きく頷いた。フォーリとベリー医師、部下達の位置を確認してから、前を向かせて座らせた。


「では出発します。」


 次の停留所に無事に到着した。降りたくなさそうだったが、ずっと馬だとそれはそれで問題があった。森の道が多く、危険はできるだけ避けたい。


 それにフォーリの元に戻って、彼の機嫌も直して欲しい。ニピ族に恨まれるのはごめんだ。

 とりあえず、若様は馬車で進むことを承諾してくれたのだった。


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