教訓、十二。他言無用の話も、話さなくてはならない時がある。 3
2025/04/21 改
手下達はようやく引き下がった。
「分かったならカートン家にこいつらを運んで、先生方に腹の中身をしまって貰え。」
剣を持った右手をだらりと下げたまま、動かせもせずにシークは震えていた。
「小僧、鮮やかな手並みだったな。」
男は言いながら、シークの右腕を手巾で止血してくれた。
「とりあえず、剣をしまえ。」
促されてようやく、のろのろとシークは剣を鞘にしまおうとして、血で濡れていることに気が付いた。思わず道路端に吐いてしまう。
「聞かなくても分かる。人を殺したのは、初めてだな。」
怖くて震えが止まらなかった。
「小僧、名前はなんだ?」
“剣士狩り”をしたなら分かっているはずなのに、相手は名前を聞いてきた。
「……ヴァ…ヴァドサ・シーク。」
ようやく掠れた声で答える。
「さすが、名門という所か。」
「……。」
ただの賛辞ではないことくらい、震えていても分かった。
「分かったか、小僧。お前の家で教えていることは、殺人の方法なんだよ。効率よく殺すためのな。それが、武術の技だ。覚えておけ。まあ、忘れることはねぇだろうが。」
何も答えられないでいるシークを黙って見下ろしていた男は、さらに言った。
「人を殺したヤツは、大抵、この二つの道に入っていく。」
二つの道、が気になって思わず男を見上げた。
「魔物に食われて人斬りになるか、魔物に食われて二度と剣を握れなくなるかだ。」
「……ま、まもの?」
なんとなく言っている意味は、分かるような気がした。
「小僧、お前は魔物に食われるな。」
男は言って、立ち去りそうになったので、シークは慌てて引き止めた。
「あの、ま…待って下さい。」
「あぁ、うっかりしてた。国王軍のことなら心配するな。人違いだったって言っておくからよ。」
「そ…そうじゃなくて…どうやったら、魔物に食われないんですか?」
男が泣きそうなシークを見下ろしていた。
「ま、人間力の違いだな。後は自分で考えろ。」
その時だった。
「シーク!? なぜ、まだこんな所に? 軍に帰ったのではなかったか?」
叔父の声がした。誰だ、と言う目で男が見たので、素直に答えた。
「叔父です。」
叔父のエンスが駆け寄ってきた。まだ、遺体が横たわっていたが、エンスは器用に血だまりも避けてやってきた。シークを目の前にして、エンスは驚愕の声を上げる。
「これは、一体、どういうことだ、シーク…! お前、怪我をしたのか? 大丈夫か?」
ふー、と男は軽いため息をついた。
「悪いな。手違いであんたの甥が剣士狩りにあった。」
「! なんだと…!」
エンスの手が剣の柄にかかる。
「待ってくれ。俺はイナーン家の者だ。申し訳ない。本当に手違いだった。」
イナーン家と聞いた瞬間、エンスがはっとして余計に剣呑な雰囲気になる。
イナーン家はイナーン流とまで言われるほど、剣術などの武術も優れている。また、十剣術として数えられていない、数多の剣術流派があるため、そこに属する剣士が十剣術の剣士達を相手に、どれほどの腕か腕試しで剣士狩りを行うことも多かった。
「じきにカートン家の先生方が来る。遺体の回収を手伝って貰うためもあるが、あんたの甥の怪我も治療して貰うといいだろう。」
「……。」
「こっちも見ての通り、二人殺された。」
「!」
エンスはびっくりして、暗くなった通りを振り返った。ちょうど、カートン家の医師達が馬車でやってきたので、明かりが灯されて明るく照らし出された。
「これは…シークがやったと?」
男は頷いた。
「その通り。鮮やかな手並みだった。はっきり言って、俺がやってきた時、うちの者に囲まれて殺られてしまうと思ったさ。慌てて怒鳴ろうとした瞬間、止める間もなく二人を斬ってしまった。本当に見事な腕前だった。」
エンスは右手で額をこすりながら、ため息をついた。
「大丈夫だ。報復はしない。」
男の言葉にエンスは、男を凝視していた。
「元々、手違いだったし、まだガキを殺すつもりもない。ガキを殺した方がイナーン家の名が廃るってもんだ。こいつら、二人は仕方ないさ。
それから、小僧にも話したが、国王軍の方は心配ない。軍にはならず者に囲まれて怪我をした。それだけを伝えれば良い。できれば、今からまじめに軍に戻らないでくれ。そうだな。三日くらい、休んでから戻ればいいだろうよ。それで、こっちもそっちも問題なく、滞りなく物事が進む。」
エンスは頷いた。
「分かった。」
シークは叔父と男が話している間中、吐き気を堪えていたが、とうとう我慢できなくなって道ばたの側溝に吐いた。
カートン家の医師が一人、やってきた。
「先生、小僧を診てやってくれ。右腕を切られ、人を初めて斬ったんで、吐いてる。」
簡潔な説明にカートン家の医師は、シークに本当か確認した。シークは頷くしかできなくて、人形のように頷いていた。
「それじゃ、小僧、大事にな。」
男は最後にシークに声をかけて行ってしまった。
「ここでは暗い。近くの診療所に行きませんか?」
カートン家の医師は、シークに口をゆすがせて、水を飲ませてから提案した。叔父のエンスが剣を拭って鞘にしまい、支えられながら診療所に行って治療して貰った。
家に帰るのにカートン家の馬車で送ってくれた。馬車に乗っている間中、泣いていた。
「シーク。これは不運だった。そう思おう。仕方ない。剣士狩りに巻き込まれたのだから。」
「……でも、父上は…きっと、私に失望する。厳しく叱るはずです。私は…これから先、剣術試合に出れないでしょう。父上は…私には厳しいから…。」
「シーク、仕方ない。相手もまずかった。お前もイナーン家だとは思わなかったのだろう?」
シークは頷いた。相手が名乗らなかったことや、叔父が来る前に男と話したことを伝えた。
カートン家の馬車から降りてきた二人を見て、門番が驚き、使用人達も驚いていたが、エンスはすぐに箝口令をしいた。急いでシークを連れて、父の部屋に向かった。
ちょうど父は、一人で日誌をつけている所だった。
「何事だ?」
エンスは人がいないことを確認してから、ことの次第を説明した。シークが剣士狩りに遭って怪我をしたこと、しかも、その相手がイナーン家だった上、二人を殺してしまったことなど、男と話した内容を伝えると、父の表情がいつも以上に厳しくなった。
その後はよく覚えていなかった。精神的に参っていたのもあり、父に厳しく叱責されたことしか覚えていない。激しい怒声を浴びせられ、巻き込まれただけなのに、なぜだろうと余計に傷ついて悲しくなっ
た。ひたすら、申し訳ありませんと謝った。
エンスがなんとか、とりなしてくれて、イナーン家に要求された三日間は、叔父のエンスの部屋で一緒に休むことになった。叔父が慰めてくれなかったら、立ち直れなかったかもしれない。