教訓、十二。他言無用の話も、話さなくてはならない時がある。 2
2025/04/20 改
シークは頷いた。そして、その時のことを説明した。
シークはその当時、十七歳で国王軍の訓練兵だった。国王軍の訓練兵の制服を着ているから、誰が見ても国王軍所属だと一目で分かる。普通は絡むことなどないし、絡まれることもなかった。絡んでくる者は、顔見知りで分かっているか、酒に酔っ払って分かっていないかのどちらかだった。
十剣術交流試合に出場の準備のため、一度家に帰り、それから軍に戻るべくほとんど日の落ちた暗い道を歩いている時だった。
誰かにつけられているような気はしていた。人影もまばらの道に差しかかった時、突然、囲まれたのだ。
「お前がヴァドサ・シークか?」
いきなり、名前を確認してきた。
「…一体、何者だ?」
生まれて初めて、ちんぴらみたいな格好だけつけているような輩ではなく、本格的なならず者に囲まれたので、まだ、十七だったシークは少なからず動揺した。
「お前は十剣術交流試合に出場するのか?」
「…え? なぜ、それを……!」
思わず答えてしまってから、シークは後悔したが遅い。
「じゃあ、お前がヴァドサ・シークで間違いないな。ちょっと手合わせをして貰おう。」
そう言って、相手の男達が五人ほど、剣を抜いてきた。
(これが、“剣士狩り”か!)
“剣士狩り”とは十剣術交流試合に出場する剣士をどうにかして知り、その剣士が試合に出場できないように怪我をさせるか、息の根を止めるかするという、違法行為だ。剣術試合の前には、再三厳しくどの剣術流派にも違法行為をしないよう、言い渡されている。
しかし、剣術の猛者達を相手にどうやって、見張るのかという問題もあって、毎年、必ず二、三の剣士狩りの事件が起きていた。
おそらく、シークはまだ少年だから体格や体力が落ちる分、やりやすいと踏んだのだろう。
「…ふん、小僧の割に落ち着いてやがる。」
相手には落ち着いているように見えたのだろうが、実際には心臓が破裂しそうなほど、どきどきしていた。どうすればいいか、まったく分からなくなり、頭も真っ白になって混乱していた。
(…待て。向こうが落ち着いていると勘違いしているなら、その間に本当に落ち着こう。)
実際にその年齢の割には、シークは落ち着いていた。深呼吸をして、呼吸を整え、自分を落ち着かせようとする。
だが、目の前で男達が剣を抜いて構えて、ぐるりと周りを囲んだので、さすがに死の恐怖に襲われた。心臓の鼓動がやけに聞こえ、喉はカラカラに渇き、手にも汗をかいていた。マントに掌をこすって汗を拭き取る。
「どうした、剣を抜けよ。本当は緊張してんのか?」
男達が笑った。明らかに馬鹿にしている。格下だと思って去ってくれればいいのに。内心でそんなことを思う。
「まあ、そのくらい、待ってやるから。こっちがお前より年かさの分な。」
馬鹿にされて気分は良くない。だが、それよりも大事になって、軍をクビになったらどうしようと考え、なかなか剣を抜けないでいた。
「抜かないなら、かかっていくぞ。十分、時間はやった。」
いつまでもシークが剣を抜かないので痺れを切らしたらしく、男達が動き出した。
背中がぞわぞわした。一人に対して五人だ。だが、後ろにいる三人は主に逃亡の阻止らしく、あまり、殺気を感じなかった。
それよりも、目の前にいる二人から殺気を感じ、恐怖が足下から這い上がってくるような気がした。
(…だめだ、だめだ、これじゃあ、負ける。本当に殺される。)
シークは目の前の剣士を見たら、恐怖を感じるので、思い切って目を瞑った。呼吸と気配を探れ、という長老からの教えを守るためだ。なんとか、自分の呼吸を落ち着かせる。心臓の鼓動も落ち着いてきた。
その時、ふいに相手の息づかいが聞こえるような感覚がした。不思議な感じだった。瞬間的に剣を鞘走らせながら、脚を一歩踏み出し、袈裟懸けに左から切り上げた。
生まれて初めて感じる手ごたえ。さらに、その勢いを利用しながら、右にいる相手の腕を切り、腕を返して、今度は右上から左下に向かって切り下げた。
無我夢中だった。
ぐはっと言いながら、血を吐いて一人はうつ伏せに倒れ、もう一人は仰向けに転がった。大量の血と共によく分からない物が暗がりの道にうねっていた。
濃厚な血の臭い、よく分からない嗅いだことのない臭い、大便のような臭いに、はっとして目が覚めたような気がした。嗅いだことのない臭いは内蔵の臭いだと気がつき、さらに道にうねっている物が、内蔵そのものだと気がついて吐き気がこみ上げてきた。
思わず後ずさり、小石がジャリとなる音で呆然としていた、相手の残りの三人が我に返った。
気がついた時には、右腕から血が流れていた。左手で腕を押さえた。全身が震えた。相手の剣が振り上げられるが、力が入らず逃げることさえできない。人を殺してしまった恐怖で、腰が抜けそうだった。
「待て!!」
低い張りのある声で、三人の動きが止まった。
「しかし…!」
「しかしじゃねぇ…!てめぇら、俺が駄目だと言った件に手を出しやがって。」
「ですが、殺されました…!」
「そうです、報復しないとイナーン家の名が廃ります…!」
手下達の言葉にシークはぎょっとした。イナーン家だと知らなかった。向こうも名乗らずにかかってきたのだ。
「何がイナーン家の名が廃るだ、てめぇら、こいつに名乗ったか? 名乗らねぇで剣を抜いただろうがよ。」
その男はゆっくり暗闇の中から歩いてきて、シークの横に立った。その存在感で空気がびりびりするような気がする。
「…ですが、なぜ、こいつだけ駄目だと?」
「決まってんだろう、こいつがまだ、ガキだからだ。見ろ。ちびりそうなほど、ビビってやがる。まだ、文句があるか?あるなら、帰ってから十分に聞いてやる。」
「……。」