教訓、十一。時には鈍さも必要。 3
2025/04/20 改
「ち、このくそ医者め。」
ほう…本心が出たな、とベリー医師は思いながら、モナを観察した。
「国王軍で舌打ちは厳禁のはずでは?」
「分かってるよ、そんなもん。隊長の前でもやらねえし。隊長には恩があるんだよ。これでいいだろ。詮索するなよな。」
猫被っていた猫を脱いだようだ。
「それで、どんな恩があるんですか?」
わざとベリー医師が尋ねると、モナはいまいましそうに睨んでいたが、ため息をついた。たぶん、ニピの踊りには勝てないとふんだのだろう。別にそこまでの強硬手段に出るつもりはなかったが、シークの部下のことをできるだけ早く一人でも多く、知っておくことは重要だった。先日のようにいつの間にか、何者かの接触があってもおかしくない。
「俺、十六で入隊したんです。」
国王軍の入隊試験は厳しいので、十六歳で入隊できるのはなかなか優秀な方である。
「訓練期間って武術の基本がない人間は三年あるでしょう。それが終わって十九の時、最初に配属された部隊で、金が盗まれる事件が起きたんです。配る前の給料がごそっと盗まれて。誰が犯人だってなって、当然、調べが入って。それで、その時の事件の担当の一人が隊長でした。」
ベリー医師はなんとなく読めてきた。
「俺、その時の事件の状況から、誰が犯人か分かったんです。それで、事件の担当者が全員揃ってる所で説明し、必ず犯人が金を持っていて、どこに隠しているかまで伝えました。」
ベリー医師は頷いた。
「それで、あまりに詳しく知っているから、君が犯人にされかけた、と。」
「そうです。隊長だけが論理的に、俺が犯人でないはずだと言ってくれました。とりあえず、俺の言うとおりに調べてみるべきだと主張して、渋々、他の連中がその通りにしたら、出てきたんですよ。でも、問題はその後で。」
「真犯人は、君が自分に濡れ衣を着せていると主張し、ほかの担当者達もそれを支持した。犯人は平民じゃなかったね?貴族か剣族だったんだろう?」
「正解です。トトルビ家の三男坊の坊ちゃんで、こっそり隠れて妓楼に行って、膨大な金額を請求されてさすがに親に言えず、金を盗んで解決しようと。」
「なるほど、ありがちだ。それで、ヴァドサ殿だけが君を信じた。まあ、ヴァドサ家は国家建設の時分から、権力者におもねらないことで有名だけどね。貴族にすると初代国王が言っても、それを断ったから王はいたく感心して、平民だけど剣族という“位”を作ったようなものだから。」
「そうですよ。田舎の紙芝居や寸劇にまでなるほど、有名な国家建設時の伝説的な“お話”ですから。だから、あの時も隊長は相当嫌味を言われてました。『さすが、あのヴァドサ家だ、権力におもねらない。』とかいろいろ。でも、証拠があったんで、トトルビ家の三男坊はクビになりました。」
「つまり、君が隊長殿の所にいるのは、その後、面倒だからこいつもヴァドサの所にやっておけ、っていうことかな?」
すると、モナは首を振った。
「俺も最初はそう思ったんです。でも、違いました。隊長が私が預かるって言ったそうです。それで、上の方も面倒だから渡りに船で、二つ返事で隊長の隊に配属されました。隊長は、俺に探索の才能があるからって、そっちの勉強をさせてくれて、まあ、おかげで今があるんです。」
「なるほど。いい人に見いだされて良かったですな。」
ベリー医師が納得すると、モナも頷いた。
「もう、行っていいですか?」
「ああ、いいよ、ありがとう。」
ベリー医師はモナを見送った。部屋に戻ると、フォーリが待っていた。
「遅かったですね、先生。」
まだ、若様は起きていない。
「ええ、ヴァドサ殿の部下と少し話し込んでいまして。」
フォーリは黙ってベリー医師の話を待っている。
「彼の話によると、まずいですね。ヴァドサ殿はかつて、トトルビ家の三男坊をクビにしているそうです。」
フォーリはむ、と眉根を寄せて考えこんだ。宙を睨むように考えて言った。
「もしかして、隠れて妓楼に通い詰め、莫大な請求が来て、給料を盗んだ罪でクビになった息子か?」
「ああ、それです。本当は別人が犯人にされる所だったそうですが、ヴァドサ殿がおかしいと強く出たそうです。」
「なるほど。ヴァドサらしい。彼なら正義を貫くでしょう。だが、それで王妃側にヴァドサをやっつける理由がある。」
八大貴族の一つのトトルビ家は、王妃側だ。
「そういうことです。」
フォーリは考えながら、ため息をついた。
「ヴァドサ…あの人は自分が今、台風の目だと気が付いているんでしょうか?」
「いいえ、気が付いていないでしょう。彼の部下の方が青ざめていましたよ。バムス・レルスリがサプリュに帰って、陛下に事の次第を報告してからが、本番だと。」
「じゃあ、バムス・レルスリとシェリア・ノンプディに気に入られたという、本当の意味も理解していないんでしょうか?」
「たぶん。彼の部下の口ぶりからしても、八大貴族と知り合いだとか、まったく関係ないでしょうね。本人と話をしても、人脈をこれからも作ろうという気は無さそうでしたから。」
フォーリは真剣な表情で言い出した。
「…もしかして、彼の先祖が権力におもねらなかったのは、同じなんじゃないでしょうか? つまり、それが人脈に繋がるとかそんなことに気が付かず、興味もなかったから、ただ、正しいと思うことをしたに過ぎなかったと。」
ベリー医師は思わず吹き出した。
「……。」
フォーリが不機嫌そうに黙り込んだ。
「いや、失礼。でも、想像がついて。その通りだと思ってしまいましたよ。変なところで鈍いっていうか。なんなんでしょうね、あの人。」
ベリー医師の言葉にフォーリも苦笑いしたのだった。