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教訓、十一。時には鈍さも必要。 1

2025/04/18 改

 シークが結局、夜に使わなかった部屋に戻ると、ベリー医師が待ち構えていた。事情を聞いたとはいえ、腹立たしい。思わずムッとして(にら)みつけ、無視して部屋に入ろうとした。


「さすがに怒っているようですね。申し訳ありませんでした。ですが、私とて仕方なかったんです。私も宮廷医ですから、陛下の言うことを聞くしかないでしょう?」

「……。」


 何も言いたくなくて黙っていると、ベリー医師が部屋に入るように(うなが)した。ベリー医師は部屋に入れたくなかったが、さすがに追い出すような真似はしなかった。物(すご)く子供じみている。


「…それで、話はなんですか?」


 話がなければ、部屋の中まで付いてこないだろう。


「まずは診察を。」

「……。」


 自分の虫の居所が悪いからといって、相手を(ののし)って許されるような教育を受けてこなかったので、黙り込んで立っていた。ベリー医師は苦笑して勝手に手を取り、脈を測り始めた。


「頭のふらつきはもう取れましたか?」

「…少し残っていますが、歩けないほどではありません。」


 しかし、まだふらつきがあったので、馬に触るのは()けたことを伝える。


「なるほど、懸命(けんめい)ですね。」


 ベリー医師は他に二、三質問をすると、問題ないと判断して(うなず)いた。


「少し仮眠すれば治ります。」

「仮眠?しかし、時間がないでしょう?」

「いいえ、ありますよ。このことをお伝えしようと思いましてね。若様ですが、昨日、頑張りすぎたので、少し体調を崩されて微熱があります。」


 腹を立てていても、任務の話は別だ。しかも、体調を少し崩したというのは心配だ。


「大丈夫なんですか?」


「そこまで、深刻ではありません。ですが、サプリュの次の大都市ティールですぐに旅路が止まってしまうのも、陛下に当てつけているみたいになって、よくありません。それで、午後から出発しようと思うので、それまで仮眠して下さい。」


「そうなると、次の宿はどうなりますか?」


「ラノです。本当ならカートン家の療養施設がいいのですか、そうなるとレルスリ家のせっかくの戦力を分散させることになってしまいます。ですから、そこでも普通の宿に泊まります。ただし、若様の具合がさらに悪くなったら、別ですが。」


「分かりました。」


 仮眠できると思えば急に眠くなってきた。


「ところで、服が汚れていますね。」


 シークは苦笑した。


「…ああ、これはスーガが…部下にかけられました。おそらく、香油の匂いを消すためかと。一度、若様の部屋の前で会ったので。」


 モナがわざとかけたのは分かっているが、理由がそうだろうと思ったので、それ以上は言わなかったのだ。


「そうですか。でしたら、服を脱いで下さい。あなたの部下が部屋の前で待っているようです。私が持って出ますから。」


 カートン家の医師はニピ族と契約を交わしている。昔は医師の数が少なく、場合によっては、医師は拉致(らち)されることがあった。そういう時代に、カートン家はどこでも無料で診療に行く方針を打ち出し、誤解や偏見もあって毒使いだと言われ、嫌われていたのが、ますます他の医師の家門に嫌われるようになった。


 一方、ニピ族の方も特殊な生き方をしているが故に、なかなか秘密を守ってくれる医師を見つけられず、病気や怪我で死ぬことも多かった。そういう時に契約を交わしたのだ。ニピ族はそれで、二つに分かれてしまい、昔ながらの方針を貫く方を舞といい、カートン家と契約を交わした方を踊りという。


 カートン家は昔ながらの方針を貫くニピ族達にも、医療を提供することを決めた。彼らはどこでも誰であっても診療するのが方針だ。そういう意味でも変えることはない。

 カートン家は医療を提供する見返りに、ニピの踊りを教えて貰い、身を守る。そのため、そんじょそこらの武人よりも、気配の察知に敏感だ。


 ベリー医師が待っているので、シークは上着を脱ぎ、皮靴の(ひも)を解いてズボンの(すそ)を上げてからズボンも脱いだ。兄弟も多かった上に、軍でも仲間の前で脱ぎ着するのは普通だ。だが、なぜかじっと観察されている視線を感じ、思わず振り返った。


「…なんですか?」

「そう、緊張しないで下さい。骨が曲がっていないか見ていただけです。」

「…骨ですか?」


 カートン家らしいが、意外な答えにシークは聞き返した。


「結構、武人は多いんですよ。怪我などで骨が曲がっている人。あなたはあまり、怪我をしていないようだ。背骨もまっすぐで、筋肉の付き方もどちらかに偏ってもいない。綺麗な立ち姿ですね。生まれつきの病で骨が曲がっていることもない。」


 ベリー医師の診断が終わった所で、服を畳んで手渡した。とりあえず寝間着を着る。


「やっぱり、自分で…。」

「いいですよ。」


 ベリー医師はまだ話でもあるのか、一度、扉を開けて外のモナに服を手渡すと、また戻ってきた。


「それでは、寝て下さい。」


 寝る所まで見張るつもりなのかと内心では(おどろ)くが、長椅子に向かおうとした途端、髪を引っ張られた。


「いてっ。」


 その中でも数本の髪だけを強く引っ張られて、思わず言ってしまった。


「寝るのはこっちです。仮眠と言っても、時間はあります。きちんとした寝具で眠らないと、体の疲れが取れません。ついでに、髪の毛もほどきましょう。ゴロゴロすれば眠れませんから。」


 馬のしっぽの髪型はこういう時、不便であった。


「……。」


 なんか呆れてしまう。人に見張られている中で、布団に横になるのは居心地が悪いが、ニピの踊りができる医師が見張っているので、仕方なく布団に横になった。


「ふむ。」


 ベリー医師は頷くと、何やら薬箱から小瓶を取り出し、(ふた)を開けてシークに()がせた。花の良い香りがして、じきに眠くなって眠ってしまった。

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