教訓、一。突然の出世には裏がある。 5
「そこで、私の護衛のつてでどの辺にいるか、突き止めた。」
王太子タルナスが口を開いた。この王太子は父王ボルピスの行動に反感を持っており、王妃である母カルーラとも激しく喧嘩するほど、両親と仲が悪いという噂だ。
「カートン家の医者の情報を元に、知らせを送って貰った。護衛が送られてくるというのなら、出て来るそうだ。さすがにグイニスをずっと、リタの森に隠しておくわけにもいかないからな。」
そこで、また王が口を開く。
「なぜ、お前達が選ばれたか分かるか?」
リタ族の隊員がいるから以外に思いつかないが、たぶん、それだけではないはずだ。それ以外の最もらしい理由を、全く思いつかなかった。
「…いえ、分かりません。」
仕方なくそう答える。
「皆が辞退したからというのもあるが、それだけではない。グイニスの護衛を務めるには、まず手練れでなくてはならない。次にお前達が真面目だという評判だから、選んだ。」
(…真面目って?)
内心でシークは焦った。どういう話が流れていったのだろう。
「街で酔っ払いに絡まれている娘を助けたり、痴呆で家が分からなくなった老人を助けたり、人目につかないところでの真面目な働きがあると聞いている。」
シークは冷水を浴びせられたように、ぞっとした。確かにそういうことはある。確かに助けた。シークもだし、隊の者達もそうだ。なかなか出世できなくても、国王軍の制服を着られるだけで憧れの対象なのだ。
だから、その誇りを失わないようにしていただけの話で…つまり、見栄のための行動でもあった。もちろん、それだけではない。部下達のやる気を失わず、気持ちを保つために善行を積むことを積極的にさせていた。
真面目だと評されたら、少し困るような気がする。もし、国王の期待と違っていたらどうしようと、シークは焦っていた。
人は己を基準にするため、シーク自身がいかに真面目なのかきちんと判断できていないので、余計に自分の行動は不純な動機があると思って焦っていた。だが、傍目から見れば、十分に真面目なのである。
真面目でなくてはならない理由。
(王子の護衛に殺されないようにするためだろう? …大丈夫かな、あいつら。)
一抹の不安がよぎる。
「分かっているとおり、今度、お前達がニピ族の護衛の目から見て、グイニスに欲情したと思われたら、殺されるのみならず完全にグイニスの足取りがつかめなくなる。二度と我らの前に出て来ることがないだろう。そうなっては困る。だから、決して失敗するな。」
今のは国王からの命令だ。
「ははっ。承りました。」
「何か他に質問はあるか?」
王に聞かれ、シークは必死で頭を巡らせた。後で確認できないのだ。何でもいいから、とにかく考え出さなければ。そして、一つ確認しておいた方がよいことを思いついた。
「…もし、合流致しました場合、どこに行けばよろしいのでしょうか? 一つ所にということは、どこか屋敷に逗留できるようにされるということなのでしょうか?」
シークの質問に王は、あぁ、そうだった、という顔をした。
「そうだ。合流した後は、ノンプディ家が用意した屋敷で療養するように。後で、詳しい場所は伝える。他に何かあるか?」
王が答えている間にもシークは、質問を思いついた。
「…言いにくいのですが、もし、誰かが仮に…セルゲス公に直接的な害だけでなく、淫らな思いを抱いたとはっきり分かり、そのような行為に出た場合はいかが致しましょうか? もう、その場で処断してもよろしいのでしょうか?」
王は一息つきながら目を瞑り、開いてからはっきり言った。
「お前の判断で処断せよ。お前に全権を授ける。もし、グイニスに欲情した者がいて、そのような行為に出た場合、すぐに殺せ。王室を辱める行為だ。グイニスは私の甥である。そこは決して忘れることのないように。」
シークは全権を授ける、と言われてかなり緊張が走ったが、さらに確認した。
「仮に貴族の子弟などが、そのような行動に出た場合は……。」
最後まで言い切らぬうちに王が言った。
「誰であってもだ。仮に八大貴族の領主の誰かであっても、殺せ。グイニスを辱める行為は、私を辱めるのと同じだ。分かったな?」
隣の王太子が、驚いたように父を見つめている。
「は、承知致しました。」
「もちろん、あの子を直接殺そうとする者は尚更だ。裁可を待つ必要は無い。」
子を守ろうとする親のような感情が見えた気がして、シークは小さな違和感を覚えた。
(陛下は…セルゲス公を守ろうとなさっておられるようにしか見えない。噂のように、本音では死んで欲しいと思っておられるようには、決して見えない。)
「それと、当然だが定期的に報告を送るように。グイニスには規定に従って、療養するようにと伝えよ。」
「はっ。」
「後はタルナスに任せる。王太子に聞け。」
王は言って立ち上がり、シークは敬礼して見送った。