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バムスの独り言 2

2025/04/15 改

 シークとフォーリが出て行ってから、バムスはどうするか考えた。あまり寝ていないので、馬車の中で寝るしかない。それでも、少しでも仮眠を取ろうと長椅子に横になった。


 可哀想なのは、シークだろう。従兄弟達によって命を失いかけたのだ。

 彼の評判は(むずか)しいものだった。はっきり言って、かなり悪い。従兄弟達があれこれ言うので、少しはそういう所もあるのだろうと知らない人には思われてしまうだろう。何回か盗みで訴えられているが、証拠もなく疑いだけで済んでいる。


 折り合いが悪いと聞いていたせいか、従兄達はこぞって北方将軍のところに入れられており、彼らがシークと離ればなれになっていたのが幸いした。もしかしたら、事情を知っている人がそうしたのかもしれない。そうでなければ、従兄弟達が濡れ衣を着せて、今頃は国王軍を辞職していなくてはならなかっただろうし、場合によっては牢に入っていたかもしれない。


 本当に危ない(うわさ)を従兄弟達は垂れ流しているのに、シーク自身はあまり気にしていない様子だ。従兄達は北方将軍の所にいるとはいえ、従弟達は同じ西方将軍のところに配属されている。だから、上司に悪口を吹き込むことができているわけだ。それなのに、従兄弟達に文句を言うわけでもないようだ。なぜなのかそれが気になるので、フォーリがベイルに話を聞きに行くと言った時、サミアスに同行させることにしたのだ。


 だが、これは問題だった。決定的だったのが、連続強姦事件の容疑者として名前が挙がったことだ。もちろん、その名前を挙げたのが従兄弟達である。従兄弟達はおそらく、連続強姦事件の容疑者として名前を挙げれば、セルゲス公の護衛の任務から外されるだろうという、考えでもって名前を挙げたのだろう。


 シークに話したが、その強姦殺人事件そのものが怪しい。公警や民警に訴え出た女性や少年達は、追求されるとしどろもどろになり、訴えを取り下げる人が続出した。姿をくらましていなくなった人もいる。しかも、偽名で訴え出ていた人もいた。バムスの調べでねつ造だということは、ほぼ確定している。


 この事件は、彼らがサプリュを出発して数日後に発覚した。しかし、公警も民警も相手が国王軍の兵士らしく、その上、隊長級の人間のようだと知って、慎重にまずは国王軍に聞いてきた。だから、シークの従兄弟達が考えたよりも大騒ぎにならなかったのだ。


 この一報はすぐにバムスの元にも入った。当然、セルゲス公の護衛なので、バムスも注視していたのだ。前回の親衛隊が犯した過ちもあるので、余計に注意していた。今回は、イゴン将軍が推薦(すいせん)した人物だというので、少しは安心していた。もちろん、バムスはすぐにヴァドサ・シークがどういう人物か、調べにかかって情報を手に入れていた。いい人だとか、部下に慕われているという情報がある一方で、悪い(うわさ)もあった。


 だが、おかしいのはイゴン将軍がシークを推薦したことだ。真面目で清廉潔白(せいれんけっぱく)で名を知られている将軍だ。その彼がそんな怪しい者を推薦するはずもない。だから、すぐにこれは彼らを呼び出して話を聞くべき案件だと判断し、ボルピス王のところに行って許可を求めようとしていたら、ボルピス王の方が早く呼び出そうとしていた。


 すると、王もバムスが同席していた方がいいと考えたのだろう。話を聞き、尋問して良い許可が出た。呼び出されたのは五人。いずれも本家ではなく、分家の従兄弟達だ。その内の三人は異様に汗をかいて顔色も悪く、全身が震えていた。


 一人がシークだったと証言し、女性の話を聞いても彼しかいないと断言した。さらに、長々と日頃の彼の悪行を繰り返し述べた。


 その後、シークの弟達三人を呼び出した。そして、その疑いについて聞いたところ、怒り、泣きながら絶対に(うそ)で濡れ(ぎぬ)だと訴えた。そして、常日頃からシークに対して、彼らが嫌がらせを繰り返してきたことを述べた。どんなにいい兄か、彼らは必死の形相で切々と訴えた。


 最後に推薦したイゴン将軍を呼んで話を聞いた。彼の噂は嘘だと証言した。むしろ、その逆で彼は非常に良い青年だと力説した。運河に落ちた子供を助けたり、沈みかけた船に取り残された人々を部下達と助けたり、火事になった家から、寝たきりの老人を助けたり、そんな善行は枚挙にいとまがないと答えた。


 王も彼らの話を聞き、シークを呼び戻して事件の詳細を明らかにすることにしようとした。

 ところが、元婚約者という女が現れて、王は彼らを抹殺せよという命を出してしまう。アミラ・オーマという元婚約者は、彼は表向きはいい人のように思えるが、実際に付き合ってみると裏の面があり、誰もが騙されているという。


 女にだらしなく、非常に強い酒に酔うと隠してきた一面が出て来ると言い、そうなれば嫌だというのに、無理矢理ことに及び、気の済むまで酷い扱いをするという。

 彼は酒に強いためなかなか酔わないが、一旦酔ってしまうと手をつけられなくなると言った。そして、外に出て行って獲物を物色して、女性だろうが少年だろうが気に入った者を手込めにすると言った。


 きっと、推薦したイゴン将軍から弟達に至るまで、その表の顔に騙されていると言い切った。あまりに具体的で起きた事件と話が照合するため、王は怒り心頭に達してしまい、バムスに全員抹殺の命を出したのだ。しかも、公にはできないので、ひそかに実行しなくてはならない。


 王は関係者全員に口止めをした。もし、噂でも広がったら、死罪にすると(きび)しい命令を下した上で、事件が解決するまで全員を監禁すると命じた。そのおかげで従兄弟達はシークの悪行を騒ぎ立てることができず、黙っているしかない。


 これは非常におかしいとバムスは思った。あまりにできすぎている。証人が(そろ)いすぎているにもかかわらず、証言者達は姿をくらましている。(わな)の臭いが濃厚にする。


 そこで、バムスは全員を一人ずつ、尋問した。その上で、わざと王に願い出て彼らを釈放させ、サミアス達に後を追わせて全員の行動を確認した。


 すると、五人の内の三人の従兄弟達は嘘を言ったことを認めた。そして、釈放されてからは喧嘩を始めた。さすがにこれは行き過ぎだという三人と、もう後には引き下がれないからやるしかないという二人に別れての大喧嘩だ。


 さらに最も重要な証言をしたアミラ・オーマという女に至っては、喧嘩別れした従兄の一人に会うと金を貰い、こんなに大事になるなら、これっぽっちの金じゃ足りないと文句を言った。そこで、従兄と別れた所を連れてこさせ、金を払って話を聞くと、婚約者のフリをしろと言われて演技をしたと答えた。


 とりあえず、監禁しておいて本物のアミラ・オーマに会うと、彼女は非常に(おどろ)いて泣き崩れた。そして、泣き止んだ途端、剣を持ってきて自分になりすました女を斬り殺しに行くと言い出し、慌てて落ち着かせた。


 とりあえず、従兄弟達となりすましの女とアミラをバムスは屋敷に“逗留(とうりゅう)”という名の監禁をしておき、王にもう一度面会に行った。弟達の方は家に帰した。


 そして、この件をバムスに任せてくれるように頼んだ。シークがどういう人間かバムスが見極め、もし、濡れ衣だったならばそのまま殿下の護衛を務めさせ、犯罪を犯したのであれば命令通りに抹殺する、と申し出ると王はそれを許可した。


 彼らがコニュータから間もなくやってくると分かったので、時間がなく、本当に大急ぎの決断だった。その調整にぎりぎりまでかかったのだ。問題がとりあえず国王軍の一部だけで留まっていたこと、イゴン将軍も含めて将軍達が口止めしていたので、貴族達にも噂が広がらず、無事にサプリュを出てティールに来たのだった。


 バムスはシークを馬車に乗せてからじきに、濡れ衣の可能性が高いことが分かっていた。

 本当に計算高い者なら、バムスやシェリアにすり寄ってくるだろう。だが、彼はそんなことはせずに、なぜ、馬車に乗るよう言われたのか、理解できずに混乱したまま乗っていた。


 シェリアが部屋に来るように誘った時の慌てようといったらおかしかったが、これが本当の彼なのか演技なのか見極める必要があった。


 ベリー医師には密命の内容は話していないが、カートン家から何かしら連絡が入っていて、その事件も聞いている可能性はある。だから、バムスが最も必要としている薬を寄越したのだろう。

 フォーリもニピ族の情報から、何か事件について聞いている可能性はある。だが、彼はあまり詳しい内容については知らない様子だった。


 しかし、ベリー医師もフォーリも、シークが何かしら悪事を犯すような人間だとは、思っていないようだった。


 そう、シークはバムスが見て判断した通り、善良な人だ。任務に忠実で、短い時間でセルゲス公の信頼を得ている様子には驚いた。セルゲス公はベリー医師に寝るように言われた時、バムスとシェリアがいるから起きているとは言ったが、シークがいるから嫌だとは言わなかった。すぐ後ろにいるのにも関わらず、緊張している様子がなかった。


 だから、彼の反応を確かめるため、本当に演技なのか見極めようと酒と薬を盛って、シェリアが怒らせる状況を作って貞操を奪ったわけだが、偽の婚約者の証言は嘘だったと判明した。


 最初は酒と薬のせいで、シェリアにされるがままだった。じきに酒と薬が抜けてきてから、ある程度動けるようになってどう出るかと思ったが、シェリアの言うことを聞いて優しく口づけして抱いて、彼女を満足させただけだった。


 女にだらしないというのも、完全な嘘だ。彼はシェリアが眠ってから、静かに起きだして出て行こうとした。シェリアは美女である。大抵の男は彼女と離れがたく、出て行こうとしない。


 これは完全に濡れ衣だ。最も名誉を(おとし)める嘘で彼を()めようとしたのだ。こんな事態が許されるだろうか。一人の真面目な人の人生を手の込んだ嘘偽りで(おとし)めようとしたのだ。


 そして、面白いことに彼はシェリアに本気で()れさせてしまった。彼女だってシークの事件を知っている。それなのに、彼に本気になったのが分かった。あんなシェリアは見たことがない。


 彼の善良さが彼を救ったのだ。そして、シェリアを本気にさせた。それが、どれだけの力を得ることになるのか、おそらく彼は気が付いていない。だから、彼女が追いすがっても無視して去った。そして、そんな力を得ようとも思っていないのだ。イゴン将軍の目の方が正しかった。


 帰ってから、国王軍のてこ入れを進言するしかない。


 シークは従兄弟達のせいで死にかけたと聞いて泣いていたが、彼らにそんな涙を流す必要はないだろう。最初から死刑になる可能性だってある嘘だ。その嘘を国王の前でもつき通した。ただ、シークを貶めるためだけに。


 これは、公になったら大変な事件になるだろう。てこ入れするには公にするしかなく、シェリアの領地にセルゲス公達が入ってからになる。


 シーク本人はこれがどれだけの大事件か、知らないのだろうなとバムスは苦笑した。どこかのんきな人でもある。任務に一生懸命だからだ。きっと、護衛の任務を真面目にこなそうと準備をしているのだろう。もう夜が明け始めているので、彼は徹夜だ。


 これだけ風聞と実際が違う人も珍しい。彼は善良なため、こちらが手助けしてやらなければ、()められてしまう。だから、フォーリも積極的にベイルに話を聞きに行くと言ったのだ。


 ある意味、これは人徳だ。こんな人でなければバムスだって、手助けしてやろうとは思わない。大きくなればどんな家柄も問題だらけだ。ヴァドサ家は貴族ではないが、古い剣術流派の家柄だ。従兄弟達が足を引っ張ろうとしたのは、おそらく(ねた)みだろう。


 本家の息子で性格も良く、剣術も抜きん出ていたら、道場を継ぐ話だって出たはずだ。それでも軍に入ったということは、家での立場は微妙なのかもしれない。


 さらに推測だが、シェリアが一度で本気になったところを見れば、本人ばかりは知らない所で女性にもてるはずだ。もしかしたら、シークの従兄弟達は女性達にも嘘を言って、二人の仲を裂いてきたのかもしれない。


 国王軍に入れるほどで、顔立ちだって悪くないのだから。事件で女性達が訴えたのは、お金だけ貰って知らないからか、婚約者ができたというやっかみの可能性がある。


 気が付けば仮眠しようとして、シークのことを考えていた。


(ヴァドサ・シーク…。侮れない人だ。)


 バムスの推測通り、本人ばかりはことの重大性に気が付いていなかったのだった。

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[良い点] ここまで読ませて頂いて、自分も隊長のファンになりました。 あぁ、作者(かみ)様、これ以上隊長を苦しめないで! 、と思うほど(笑)
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