表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/582

バムスの独り言 1

2025/04/15 改

 シークが奥の部屋に行ってしまうと、その場に重苦しい空気が残った。奥から押し殺した声で泣く声が聞こえてくるので、余計だ。


 バムスにとっても意外な展開だった。シークにここまで裏事情を話す予定などなかったのだ。彼の従兄弟達の証言でこうなった、というのも話すつもりはかった。後で分かることだとはいっても。

 しかし、彼の言動を見ている内に、黙っているのは申し訳なく思えてきた。だから話したが、話したら話したで申し訳なく思った。顔色は真っ青になり、ひどく傷ついた顔をした。


「私は後でベイルにヴァドサのことを聞きます。彼の家の事情を知っているかもしれないので。」


 フォーリがわざわざ言ってきたので、バムスは(うなず)いた。


「分かりました。では、サミアスにもついて行かせます。」


 話が終わると、フォーリが帰りそうだったので、バムスは引き止めた。


「一人でここを出て行かせるつもりですか?」


 さすがのバムスもそれは気が引けた。自分がしたこととはいえ、少し可哀想だ。それに、対処しなくてはならないこともある。バムスはサミアスに用意してあった香油を持ってこさせた。シェリアが使っていた物と同じ香油だ。特別な事情でもない限り、こんな高級な物を普段から使用することはない。


「この香油をこの部屋にいる私達もつけておきましょう。そうでなければ、彼の部下達に誤解を与え、醜聞(しゅうぶん)が立ってしまいます。私が誤って手を滑らし、落として匂いがついたことにしましょう。髪にでもつけておけばいい。」


 ニピ族が匂いをつけることを嫌うと知っているバムスは、体につけなくて済むよう、わざわざ髪につける代案を示した。しかし、フォーリは言ったのだ。


「なるほど、ヴァドサのためにはそうした方がいいでしょう。ノンプディ殿も含めて、話をしている時にそうなったということにすれば、彼女にも匂いがついている説明になりますから。」


 そこまでは良かった。フォーリの賢さが分かるというものだ。フォーリはバムスの手から香油の(びん)を取り上げると、(ふた)を開け、そこにいる全員に振りかけながら、最後に床に瓶を落とした。濃厚な香油の香りが部屋に充満する。


 フォーリ以外の全員の目が点になる。信頼できる使用人も三人同席していたので、彼らがはぁーっと引きつけるような声を出して、のけぞっているのがバムスの視界の隅に映った。

 急いでサミアスが香油の瓶を拾った。拾ったが中身はほとんどなくなっていた。


「これで、誤って落とした事実が成立します。」

「…な、な、な…なんてことを…!」


 侍女頭のティーマが(かす)れた声で叫んだ。


「い…家が一軒建つと言われるほど、高価な物なんですよ…!」

「仕方ありません。誤って落として匂いが付いたのに、髪に匂いがついていれば、若様が怪しみます。それをヴァドサの部下達も気づかないと思いますか?」


 全く理屈は通っている。ニピ族はまず自分が仕える(あるじ)が一番だ。怪しまれない言い訳を作るには、フォーリの言うとおりである。彼もこの香油が高価だと知っているので、黙って勝手に行動したのだ。

 バムスは苦笑いした。


「ティーマ、これを下げなさい。」


 香油の瓶をサミアスから受け取ったティーマは、(なげ)きながら下がった。


 その時、奥の扉が開いた。こちらの気配を感じ取り、無理して涙を引っ込めて出てきたのだろう。今までのやり取りで、シークの人柄が読めたバムスはそう判断した。


「大丈夫ですか?」


 バムスが尋ねると、手巾で涙を拭きながら出てきたシークは、頷いて返事しようとした。


「…はい、ご迷惑を…。」


 最後まで言えずに(はげ)しくむせ込む。香油の匂いのせいだろう。


「な…んですか、これは?」

「誤って手を滑らして、香油をこぼしてしまったのです。」


 咳き込みながら、バムスの説明を聞いていたシークは、顔色が変わった。すぐに自分についている香油の匂いのために、バムスが他の人間にも匂いをつけたのだと理解したようだ。


「…そ、それは……。」

「それよりも、顔を洗って行って下さい。氷も用意させましょう。目の()れを引かせないといけません。」


 シークの目が丸くなる。


「そ、そんな高価なものを使えません。」


 氷は氷室に大切に保管されている。氷菓子などは高級品だ。高級旅館なので、氷室もあって氷は保管されている。もちろん、使えば大金を要求される。だが、香油のことを考えれば、氷など大した金額ではない。


「いいえ、あなたは殿下を護衛する親衛隊の隊長です。人目もあります。泣き顔のままではいけません。殿下のためにも遠慮なく氷を使って下さい。」


 言葉を失ったシークは仕方なく頷いた。


「…分かりました。それではお言葉に甘えさせて頂きます。」


 この日はシェリアも氷を求めたので、朝っぱらから氷を所望するとは、と旅館側は思ったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ