教訓、九。人の妬みには要注意。 2
2025/04/11 改
シークの答えにバムスは少しの間、深刻な表情で考え込んでいた。それから、決心したように口を開く。何がそんなに深刻なのだろうか。従兄弟達の嫌がらせは昔からで慣れっこだった。
「あなたの従兄弟達はおそらく、そんなあなたの性格を知っているから、あなたが仕返しをしないと踏んで、出世できないように悪口を上司に吹き込み続けたんです。なかなか素晴らしいものでしたよ。
分かりますか? なぜ、私が送り込まれる結果になったか?」
シークは目をしばたたかせた。まだ、頭の理解が追いついていない。でも、嫌な予感がする。
「あなたの従兄弟達がした報告は、陛下にも伝えられた。陛下はあなたを選んで送ったものの、従兄弟達を呼んであなたのことについて直接お尋ねになった。従兄弟達は報告についての是非を問われ、嘘が本当だと答えたんです。」
シークは考え込んだ。まだ、そんなに驚いていなかった。今まで彼らの嫌がらせは色々あったので、これもその中の一部くらいに思っている。しかし、その中でも少し事が大きくなっている。それくらいに考えていた。一体どんな嘘をついたのか。
「おそらく、大事になったとあなたの従兄弟達は思ったでしょう。でも、嘘だと答えれば自分達が責を問われる。だから、嘘を本当だと言い通したのでしょう。」
「…い…一体、どのような悪評を立てたのですか?」
王が直接確認しようと思うほど、とはどれくらいの悪評を立てたのか気になった。従兄弟達がまさか、そこまでしないだろうとどこかで思っている自分がいる。だから、まだ冷静さを保っていた。
バムスが少し考えていた。シークの様子をじっと見ている。
「本当に知りたいですか?」
「…はい。やはり、当事者として知っておくべきかと。」
「…確かに遅かれ早かれ、あなたは知ることになる。分かりました。お話しましょう。ですが、約束して下さい。」
バムスは難しい顔でシークを見据えた。
「…何をですか?」
「どのような話を聞いても、己の責任だと言って自害しないように。」
やはり、それくらいの重大事なのだ。
「身の潔白の証明は、生きていてこそ、なされるべきものと心得て下さい。」
思わずバムスの顔を凝視する。やはり、相当な事だ。一体、どんな悪評を流したのだろう。賄賂を受け取ったとか? 考えてもよく分からなかった。特に今の状態では。
「私の後について言って下さい。そうしたら、お話します。」
シークはバムスが言ったことを、繰り返し言わされた。ようやく、バムスが口を開いた。
「覚悟して聞いて下さい。これは悪評を立てたとか、噂を流したでは済みません。事件です。あなたの従兄弟達は事件をねつ造し、犯人はあなただと言ったのです。」
全くもって意外なことだった。
(事件のねつ造? …でも、賄賂を受け取ったとか騒いだというのも、事件のねつ造か。)
まだ、どこか冷静さを保っている。自分の事ではないかのように感じている自分がいる。一体、従兄弟達は何の事件をねつ造したのか。
「大丈夫ですか?」
「はい。一体、何の事件を……。」
バムスはシークの言葉を手を上げて遮った。
「私はあなたと話をして、初めてあなたの従兄弟達があのような事件をねつ造した理由が分かりました。」
バムスがシークに怒りを含んだ気の毒そうな表情を向けた。
「おそらく、あなたの心が最も深く傷つくようにするためです。」
「え?」
「そして、あなたの名誉を最も傷つける方法だ。彼らはあなたの性格を知っている。だから、陛下が命じなくてもこのような疑いをかけられたら、あなたが自害という方法をとる可能性があることを、知っていたはずです。
それでも、敢えて彼らはそのような方法をとった。私はたとえ、あなたが怒らなくとも、そういう方法を取った彼らに対して怒りを覚えています。こんなことがまかり通って良いわけがありません。」
もの凄く長い前置きだった。その上、バムス・レルスリは怒っている。従兄弟達はやりすぎたのだ。八大貴族の怒りを買うような事を、一体何をやらかしたのだろうか。
「口に出すのも憚られますが、あなたの従兄弟達は連続強姦事件をねつ造し、犯人をあなたに仕立て上げたのです。」
最初、言われた意味が分からなかった。人はあまりに突飛でもないことを言われると、すぐに意味を理解できないものだ。そして、シークも同じだった。
「…なんて言いましたか? どういうことですか?」
バムスはため息をついた。
「あなたの従兄弟達は連続強姦事件をねつ造しました。女性や少年に関係なく襲った犯人に仕立て上げたのです。」
「……えぇ!?」
ようやく意味が頭に到達した。
「…ほ、本当ですか!?」
バムスが嘘をついても意味はないが、それでも、思わず聞き返した。
「ええ、本当です。本当ですから、あなたを試す必要がありました。」
バムスの冷静な態度が、本当のことだと理解させた。顔から血の気が引くのが分かった。なぜ、彼らがそんなことを? 嫌がらせといってもそこまで、なぜ、する必要がある? 息が上手くできないような気がした。バムスの声が遠くに聞こえる。
「分かりますか?」
バムスが呆然としているシークと視線を合わせてきた。冗談だと思いたかった。だが、彼はひどく真面目な顔をしていて冗談を言っている様子はない。むしろ、非常に真摯だといえた。シークは心臓が止まったような気がした。まさか、そんなはずはない。そこまでするはずがない。そう、思いたかった。
「今日、あなたは従兄弟達のせいで死ぬところだったんです。彼らは嘘を言い続ければあなたが死ぬと分かっていて、そう答えました。あなたが死罪になると分かっていて、そう答えたんです。私はその場にいたので知っています。でも、腑に落ちない点があり、このサミアスに後を追わせて聞き出させました。そして、嘘だという証言を得たのです。
陛下の本当の密命は、有無を言わせず、あなた達の部隊を殲滅せよ、というものでした。しかし、あなたの従兄弟達の嘘を知ったので、あなたを試したのです。あのような手段で行ったのは、急いだからというのと、人間の本性を暴くためには酒を飲ませるという、古典的な手法が功を奏すると知っていたからです。
恥ずかしい思いをさせてしまって、申し訳ありませんでした。」
胸を何かで刺されたかのように痛かった。切り通しか何かで刺されて、ぐりぐり回されているかのように、痛くて苦しかった。一緒に遊んだ仲だったのに。それは、時折、折り合いの悪いこともあったが、そこまでの憎しみも恨みも、シークは持っていなかった。
それなのに、向こうはシークが死んでもいいと思ったのだ。いや、殺したかったのだろう。だから、わざわざ事件をねつ造した。涙がこみ上げてきて、腕で顔を覆った。何よりも従兄弟達が自分を殺したいほどの殺意を抱いていた、ということに傷ついていた。
「…すみません。」
「向こうに案内しなさい。」
バムスの指示に従い、サミアスが奥の部屋に案内してくれて、一人にしてくれた。衝撃のあまり一人になった途端、そこにしゃみこんで、子供に返ったように泣いた。声を必死に押し殺してしゃくりあげた。しばらく、涙は止まらなかった。