教訓、八。信を得るには、言動で示すより他なし。 2
2025/04/09 改
「聞きたいことがあるようですね。先に聞きましょうか。何ですか?」
バムスが聞いてきたので、必死になって頭を動かし、掠れた声でようやく尋ねた。
「なぜ、密命なのに私にその話をするんですか? …それと、ベリー先生は密命の内容まで知っていたんですか?」
バムスは頷いた。
「まず、二つ目の質問から。ベリー先生は密命の内容までは知りません。そして、一つ目の質問に答えましょう。それは、あなたが私達の試験に合格したから、その内容を話すのです。あなたはとても、真面目な人だ。さすが、イゴン将軍が推薦しただけはある。」
シークは言葉を失っていた。試験に合格したからと言って、なんで話すのか理解できない。どうせなら、ずっと秘密にされている方が良かった。
「…理解できません。なぜ、話すのか。私が真面目に任務に当たっているとしても、話す必要性を見いだせない。」
「あなたは混乱しているのです。でも、普通ならそうでしょう。こんな話を聞かされて動揺しない方がおかしい。
あなたは陛下の信頼に見事に答えました。少なくとも隊長は、殿下を害するような者ではなく、任務に忠実な者だと断言できます。私は陛下にそのようにご報告致します。つまり、あなたがこのまま真面目な人柄であれば、あなたはずっと信頼を受ける。そして、シェリア殿と私からの信頼を受けました。」
シークはようやく話が見えてきた気がした。そして、バムスが八大貴族の筆頭だと言われる、本当の理由が見えてきた気がした。非常に意地悪と言えば意地悪だ。わざわざそういうことを言われれば、王からも八大貴族の筆頭だと言われる、二人の貴族からも信頼を得ていると思えば、傲慢になる者もいるだろう。試験は終わっていないのだ。
「やはり、あなたは聡い人だ。そう言われても喜ばない所をみると、試験が続いていることを理解されたようだ。」
バムスは頷いて何やら、手で合図を出した。ニピ族達の包囲が解け、二人がどこかへ行った。
「お分かりでしょう。これで、ようやく包囲を解きます。いつでも、合図一つであなたの部下達を集めて、抹殺する用意をしていました。」
シークはようやく、バムスが密命の内容を話した理由を理解した。わざと話してどんな反応を示すか見ていたのだ。シークが怒って剣を抜いたりしたら、部下達は殺されたのだろう。だから、剣も帯剣させたままだった。誘導されていたのだ。なんという恐ろしい相手だろうか。
「…つまり、今の今までが私に対する試験だった。帯剣させたままにしたのも、密命の内容をわざわざ話して聞かせたのも、私がどう反応するか、その言動しだいでいつでも殺すことができたということですね。」
バムスはにっこりしたが、目はいよいよ鋭さを増した。
「その通りですよ。でも、あなたは誘導されなかったし、怒りにも耐えた。忍耐力がなければ、今頃、あなたは死んでいたでしょう。さすがにニピ族が四人も相手ではヴァドサ流の剣士でも勝てないはずですから。しかも、酒と薬が抜けきっていない状態です。わざと恥を感じてもらい、怒りがわき上がる状況を作ったのです。それで、どう動く人か見極めようと思いましてね。」
シークはこのバムス相手に勝てる気がしなかった。剣術では勝てる。この綿密な誘導の仕方に勝てないと思うのだ。
「それで、結果として私は合格したのでしょうか? それとも、不合格なのですか? もし、仮に不合格だったとしても、せめて部下達の命は助けて下さい。隊長の私が責任を取れば済む話のはずです。」
苦い声でシークは口にした。
「…もし、不合格だと言ったらどうしますか?」
王が密命を下したと聞いた時から、覚悟を決めていた。信頼を得られなかったのなら、一つしか道はないのだ。大きく息を吐いて明言した。恥をずっとさらして生きるつもりなど毛頭ない。
「自害します。あなた達の手を借りるまでもない。」
シークは言うと両膝を床について帯剣している剣を外し、床に静かに置いた。そして、短刀を帯から鞘ごと抜いて鞘を床に置いてから、下を向いて素早く短刀の刃を首筋の頸動脈に当てる。黙って見ていたフォーリが動いた気配がしたし、残っている二人のニピ族がはっとしたのが気配で分かった。
「レルスリ殿は陛下の代理です。もし、あなたが私が不合格だと判断されるなら、私は潔く死にます。ただ、部下達の命だけは救って下さい。私にはあなたの判断基準が分からないので、こうするしかありません。先ほど私に合格だと言いつつも、試験は続いていた。ですから、はっきり仰って下さい。合格なのか、不合格なのか。一つ気がかりなのは、殿下が気になさらないようにして頂きたいということだけです。」
ニピ族達が動きそうになったのか、バムスが手を上げて抑えた。
「どうか、まず短刀を下ろして下さい。先ほどもお伝えしました。あなたは合格なのです。もし、不合格なら包囲を解かせたりしません。ですから、短刀を下ろして頂けませんか?」
何度か繰り返されて、どうやら本当らしいとようやく分かったので、シークはゆっくり短刀を下ろした。下ろした途端に、バムスの護衛のニピ族達に剣と短刀を取り上げられた。
バムスがゆっくり息を吐いた。
「あなたには驚かせられます。本当に真面目な人だ。」
そう言って、シークの前にしゃがんで肩に手を置いた。
「こんなに真面目な人を死なせられません。もし、死なせたら私の方が陛下からお叱りを受けます。」
シークを見てバムスが苦笑した。
「…では、本当に合格だと?」
「はい。ご心配なく。」
シークはそれを聞いて、脱力した。
「…ああ、良かった。」
思わず両手を床についた。
「…それは、部下達の命が助かったからですか?」
バムスの問いにシークは頷いた。
「はい。それもあります。ですが、それよりも殿下のことが気にかかっていたので。」
「…殿下のことですか?」
「はい。殿下は洞察力のある方です。その上、繊細です。もし、私達が全員、死んでしまったら、殿下は自分の護衛になる者はみんな死んでしまうと、思い込まれてしまうかもしれないと心配しました。
そうなれば、深く傷つかれるでしょう。もう護衛はいらないと仰るかもしれないし、そのことを危惧したので安心しました。」
シークの答えに、なぜかみんな押し黙った。本当にそれを心配していたので、本心を言っただけなのだが。シークはなぜだろうと、顔を上げて押し黙っている面々を見回した。
「…何かいけないことでも言いましたか?」
シークは妙な空気に不安になり、恐る恐る聞いてみた。
「そうではない。ヴァドサの意見はまっとうなものだ。若様ならきっとそう思われる。」
様子を見守っていたフォーリが答えた。フォーリの答えにそうだよな、とシークは安心した。でも、このバムス達の様子はなんだろう?
「確かにあなたの言う通りです。私は陛下からの密命を受けましたが、殿下のお気持ちに対する配慮は足りませんでした。あなたに言われて、殿下に対する配慮のなさを実感したのです。もし、あなたが不合格だった場合、殿下のお心を深く傷つけてしまったことでしょう。その点から言っても、あなたが親衛隊長で本当に良かったと思います。」
バムスの素直な言葉にシークは驚いた。そうだ、この人はシェリアに対しても、格好つけずに謝罪している場面が何度かあった。
「どうか、立って下さい。」
バムスに促されて、シークは立ち膝のままだったことを思い出して立ち上がった。




