嵐の前の騒動 7
次の日、シーク達が帰ってきた。そこにフォーリがやってきて、シークに頼みごとをする。その内容は…、料理をしてくれというものだった。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
こうして、次の日はみんな疲れ果てていた。ベリー医師が臭いを軽減するための薬草を使った香を作り、それを焚いてなんとか臭いも抑えられた。
こんな感じで疲れている所にシーク達、軍への報告組が帰ってきた。シークはベイルや部下達から報告を受けて、大変だったな、と苦笑していた。「ネズミよりましだろ。」なんて言う声も聞こえた。
ジリナも一応、彼が荷物の整理なんかを終えてから状況を聞きにきたので説明しておいた。
「申し訳ありませんね。わたしがつついてしまったばかりに。」
ジリナは一応謝罪しておく。
「…昨日、対処しなくてはいけなかった面々には可哀想ですが、しかし、良かったと思います。王太子殿下が来られる前日とか、来られている最中にそんなことが起きなくて。」
シークの言葉にそれはもっともだと、ジリナも思った。
「確かにそれはそうですねぇ。まったく。」
一気にしなくてはいけないことを思い出し、ジリナは頭が痛くなった。
「そうだ、早くマントを完成させないと。」
一番やらなくてはいけない任務を思い出して、ジリナは思わず漏らした。
「申し訳ありません。お願いします。」
シークはそんなことを言ってくれるが、彼ならできそうだが、親衛隊の隊長に縫わせるわけにもいかない。
ジリナが行こうとした時、フォーリが隣の厨房から出てきた。少し離れた所に若様用の厨房がある。
「……ヴァドサ。帰ってきたばかりの所、悪いが頼みがある。」
妙に深刻な表情でフォーリは切り出した。つまり、別にジリナがいてもいい話題ということだ。ジリナに聞かれたくない話は、ジリナが去ってから話す。興味本位でジリナはその場に留まった。
「…どうした?何かあったのか?」
フォーリが妙に深刻なので、シークも若干驚きながら確認している。すると、フォーリは、うっと何かに葛藤しながら口を開いた。
「……若様のために夕食を作ってくれ。昨日の虫騒動で鼻が馬鹿になって、きちんと料理を作れない。」
「そういうことか。妙に深刻な顔しているから、何事かと思った。」
シークはほっと胸をなで下ろしている。
「…あのう、そういうことなら、親衛隊用のお食事を分けたらいいんじゃないんですか?一回くらい。」
ジリナは思わず口を挟んだ。すると、フォーリはギン、とジリナを睨んできた。
「だめだ…!昨日、あんなに虫が大量に這い回った場所で作った料理を若様に召し上がって頂くわけにはいかない…!たとえ、綺麗にしたとはいえ、臭いがまだしている。絶対にだめだ…!」
フォーリは特に最後を強調した。
「まあまあ、落ち着け。ジリナさんのせいじゃあるまいし。王太子殿下が来られる前に済んで良かったじゃないか。」
シークはジリナを睨みつけるフォーリを宥めた。
「それで、返事は?」
フォーリは頼んでいるくせに、シークに詰め寄る。
「…ああ、分かった、分かった。するよ。ただ、久しぶりだから腕が鈍っているかもしれないぞ?」
国王軍では調理当番がある。だから、兵士達は自炊ができるのだ、一応は。ただ、シークの場合はそれ以上に実家での鍛えられ方が違っていそうだ。
「大丈夫だ。」
なぜか、フォーリは断言する。
「なぜ、そう言い切れる?」
すると、フォーリは目をすっと細めた。
「お前、実家で食事を作る時、一回に何人前を作る?」
すると、シークは考え始めた。
「……そうだな。その時の人数によって違うな。まあ、普通に百人近くはいくもんな。」
普通に百人近く、つまり、ここにいる以上に作っているということになる。一体、月の食費はどれほどに達するのだろうか。人の家の家計だが、ジリナはそれが気になった。それは、倹約しないといけないだろうと思う。
「そうだろう?だから、お前の料理の腕は相当のはずだ。かなり鍛えられているだろう。」
その時、トトトッという軽い足音が聞こえてきたかと思うと、若様がフォーリとシークの間に立って二人を見上げた。目をキラキラさせて口を開く。後ろからベイル達が護衛でついてきている。
「ねえ、ヴァドサ隊長が私の夕食を作ってくれるの?」
大変、期待に満ちた目で尋ねる。ははは、とシークは苦笑した。
「…まあ、そうですね。フォーリに頼まれました。」
「ほんと…!?」
物凄く嬉しそうに若様はシークを見上げる。これでは今さら嫌は言えないだろう。まあ、そうですね、とシークが言った時点で後からできないとは言わないが。ジリナもシークの性格は飲み込んでいた。
「はい。ただ、おいしいかどうかは分かりません。」
「ううん。きっと大丈夫だよ。私も作るの手伝う!」
若様は意気込んで宣言した。
「でも、ベリー先生からお許しは出たんですか?まだ、休んでいないといけないのでは?」
途端に若様は不機嫌そうに唇を尖らせた。ジリナは観察していて、若様がシークの前では子供らしい反応を見せることが分かっていた。
「……大丈夫だよ。少しくらいならいいはずだもん。」
「若様、台所仕事は水仕事をします。それに、厨房は冷えるんですよ。」
やんわりシークに注意されて、若様は唇を尖らせたままうつむいた。随分、可愛らしいことだ。
「若様、少しだけならいいか、ベリー先生に確認しましょう。」
横からフォーリが言う。
「それで、あまり冷えない仕事を邪魔にならないように手伝ったらどうでしょう?」
フォーリは若様にはとことん優しい。鉄面皮がころっと変わるので、その変化を見るのが面白い。ジリナは内心で、よくこんなに変化できるものだと半ば感心している。
「……。」
それでも返事をしない所をみると、ベリー医師に聞きに行きたくないらしい。きっと、聞けばだめだと言われるという、確信に近いことを感じているのだろう。自分でも水仕事をするだけの体力が戻っていないことくらい、分かっているはずだ。
「……若様、ベリー先生が来られました。」
ベイルが廊下の向こうを振り返ってから、若様に困ったように微笑みながら告げる。若様の容態は悪かったので、朝昼晩就寝前の四回、ベリー医師が若様の体調を確認している。昼間の確認だ。
「こら、若様。逃げても無駄ですよ。こうやって探しに来ますからね。」
ベリー医師がやってきた。
「おやおや、珍しくほっぺが膨らんでおりますな。」
ベリー医師は若様の前にしゃがんで、両手の人指し指で、若様の頬をつんつんつついた。
「どうしたんですか?」
「……あのね…、ヴァドサ隊長が、私の夕食を作ってくれるって。それで、私が手伝うって言ったら、ベリー先生に聞かないとだめだって……。」
不満そうにしながらも、若様は説明した。
シークは黙って苦笑している。ベリー医師はそんなシークを見て頷いた。
「それは、正当な意見ですな。調理というのは水仕事です。立っている時間も長くなりますし、疲れてもすぐに休めません。経験があるから反対するんですよ?」
「……お鍋、かき混ぜるだけでもだめ?」
よほどシークと何かしたいらしい。ジリナはこっそり可愛く思った。父親も母親も早くに亡くしているため、きっとシークに父親像を重ね合わせているのだとジリナは感じた。
「…うん。じゃあ、お鍋をかき混ぜるだけならいいですよ?お鍋をかき混ぜる料理にして貰わないといけませんが。それまでは部屋で休んでいるんです。食べる直前ですし、それくらいならいいでしょう。
今日は午前中、庭の散歩もしていますし、これ以上、無理はいけません。ほら、手も冷たくなってる。部屋に戻って。」
ベリー医師は言うと、シークを振り返った。
「ということで、お鍋をかき混ぜる料理を作って下さい。」
「はい、分かりました。では、できあがる直前にお呼びしに行きます。」
「うん。私が若様のところにいるから、フォーリも行きなさい。ちゃんと何を使って料理するのか、見張ってないとね。」
何か、そんなことを言って、ベリー医師はニヤリと笑った。
星河語
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