教訓、八。信を得るには、言動で示すより他なし。 1
2025/04/09 改
シークはシェリアの部屋を出て、ベリー医師に話を聞きに行くため、三階に向かおうとしていた。
途中ではっとして立ち止まる。二階にさしかかった所で、ニピ族達が立ち塞がったのだ。バムスに仕えている者達だ。後ろを確認すると前後を囲まれている。ご丁寧に前にも後ろにも二人ずついるので、逃げようにも逃げられない。
「……なんでしょう?」
思いっきり不機嫌な声で尋ねる。
「旦那様がお呼びです。どうぞ、こちらへおいで下さい。」
「……もし、断ったら?」
断れないことは分かっていたが、腹が立っているのでやけで聞いてみる。
「お断りなさることはできません。」
確かこのニピ族は、馬車に乗っている時も下りてからも、常にバムスの側にいたので、きっとバムスの護衛だろう。馬車に乗っている時は、御者席辺りにいたはずだ。主の護衛ということはかなりの腕前のはずだ。さらに他に三人もいる。四人のニピ族相手に大立ち振る舞いをするほど、シークは無謀ではなかった。
「…分かりました。」
普段だったらしないが、よく寝てないのもあり、思いっきりため息をついて答えてやる。子供っぽいが誰かに当たって腹立ちを紛らわせたいほど、激しい怒りに心が占められていた。
「こちらへ。」
案内されなくても、さっきの部屋と構造は同じだろう。
中に入ると思いがけない人物に会った。フォーリだ。難しい顔をしている。てっきり剣を外さなくてはならないかと思ったが、そのまま通される。ニピ族が四人もいるので、それだけ勝てる自信があるということなのだろうか。
バムスがにこやかに出迎えてくれる。
「申し訳ありません。しかし、重要な話があるのでお呼びしました。」
「…何でしょうか?」
睨みつけたい衝動を抑えてなんとか、尋ねる。それでも、たぶん睨みつけている状態になってしまっていると思う。ニピ族が警戒している。ふっ、とバムスが息を抜くように軽く苦笑いした。
「実はフォーリ殿にあることを指摘され、説明をした所でした。」
バムスの言葉にシークは横のフォーリを見やった。
「…若様の部屋の奥から窓の外を確認した時、夜にもかかわらず松明がずっと続いていて、まるで軍隊が移動しているかのようだった。明らかにティールの街中を通っているにも関わらず、許可されているかのように思えた。ヴァドサがいた廊下の窓からは見えない。三階以上出ないと木があって見えない位置だった。
確か、レルスリ家はティールにある邸宅の方が、サプリュにある邸宅よりも大きいはずだ。今も街で使う屋敷としては、ティールの邸宅を使用していると聞いている。首府議会が始まる前に滞在する邸宅として、ティールの邸宅を使っているはずだ。
つまり、サプリュよりもティールの方が大きく、使用人の数も抱える領主兵の数も多い。サプリュではないから多くの兵がいても、そこまで問題にもされない。国王陛下も黙認するしかない。サプリュを出て来る時には、そんな数は付いてこなかった。だが、今はこの旅館を取り巻くようにして潜伏している。ティールの屋敷の兵をここに呼んだとしか思えない。」
フォーリの話を聞いて、シークは一気に血の気が引いた。バムスは…彼は一体、何をするつもりなのか。どういうことなのか。彼なら若様に何かするつもりはないだろうと踏んだシークが甘かったとしか、言いようがない。シェリアに呼ばれて…つまり、罠だったのだ。自分の失態にシークは自分に一番怒りを感じた。なんて馬鹿なことをしたのだろう。そんな場合ではなかったのに。
「今から、そのことについてご説明させて頂きましょう。」
バムスはにこやかに言ったが、目は笑っていない。
「まず、始めにお断り致します。私は決して殿下に危害を加えるつもりはなく、むしろ守る側です。」
「では、なぜ、そんなに兵をここに連れてきたのですか?」
思わずシークは勢いこんで尋ねた。
「これは陛下から賜った密命です。」
バムスの言葉にシークは、思わず息を呑んだ。隣のフォーリも驚いた様子だった。彼はまっすぐにシークを見据えて言った。
「陛下は、あなた達を護衛につけたものの、前回のような過ちが本当に起きないか、危惧なさっておいででした。いろいろと考える事情があり悩んでおられたのです。それで、私にあなたが信頼に足る器でない場合には、親衛隊の二十名全員を抹殺せよ、との密命を賜りました。」
シークは冷水を頭から被せられたように、全身が総毛立った。自分の言葉一つで、部下達全員の命が危うい状況にあったのだ。さすがのフォーリも息を呑んでいる。
「シェリア殿に手伝って頂き、あなたという器を計らせて頂いたのです。馬車に乗せたのも、あなたがどんな人か調べるためでした。シェリア殿があなたに話した通り、普通の人なら私達にすり寄ってきたりしますよ。少しでも野心がある者なら、人脈を築こうとやっきになっています。
しかし、あなたは全くそんなことはせず、黙って馬車の中を観察して緊張しながら乗っていただけでした。」
シークは驚きのあまり、呆然としてバムスを見つめていたが、気が付いた。シェリアと話した内容をなぜ、知っているのか。
「シェリア殿があなたを呼んだのは、あなたを調べるための試験。ですから、ベリー先生が薬を渡したのです。隣の部屋で私達もあなたの言動を観察していました。」
「!」
思った通りだった。だが、気持ちのいいものではない。怒りとあんな場面を見られていた恥ずかしさと、誇りを傷つけられた悔しさと、何より王に信用されていなかったことに悲しさを覚えて、シークは全身が震えた。
「その結果、あなたは試験に合格したのです。もし、あなたが少しでもシェリア殿にすり寄り、彼女を籠絡しようとしたならば、即刻あなたを捕らえ、首を刎ねた。そして、嘘の伝令を出し、あなたの部下達を呼び出して、やってきた者達から順に殺す手はずでした。」
なんとか話を聞いているシークをよそにバムスは淡々と続けた。
「強い酒と薬で朦朧としていれば、ぼろが出ます。あなたが何を考えているかもはっきり分かる。でも、あなたは殿下を思いやり、常に部下達を気にかけていた。誰も傷つけないようにしようとして、あなたは自分が損な役回りを引き受けた。部下に嫌な役回りを押しつける上司でもなかった。」
シークはシェリアが、「今日、あなたは命拾いした。」と言った本当の意味をようやく理解した。背中がぞっとする。
「今、ここにフォーリ殿が聞きに来た理由が分かりますか? 私がシェリア殿の部屋にいたので、彼もそこにいるしかなかった。私があなたが出て来る前に出たので、彼も追って来た所だったのです。」
わざわざフォーリもいたと言わなくなっていいのに。濡れ場を見た人間が一人増えただけのことだ。きっと、ここに見張っているニピ族達も全員、見ていたのだ。物凄く羞恥心を覚え、腹が立った。
「仮にもし、あなたが男色の傾向があるならば、私がシェリア殿の役回りを引き受けました。でも、あなたは普通に女性が好きだということが分かったので、シェリア殿があなたを試す役回りを引き受けたのです。」
「……。」
ご苦労なことだと思う。密命とはいえ、そこまでするのだ。でも、なぜ、その話をシークにするのだろう。