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教訓、一。突然の出世には裏がある。 4

「話の本題に入ろう。」


 ややあって、王は言った。(うわさ)とは違い、王は穏やかな口調で語る人だった。想像以上に静かなお方だ。(おい)を引きずり下ろしたのだから、もっと過激で(はげ)しい人なのかと思っていた。


「お前の隊を親衛隊に任ずる。」

「は、はあっ。ま、誠に…。」

「待て。話はまだだ。」

「そ、それは、も…も、もうし……。」

「しばらく、黙っていればよい。」


 あまりに口がもつれていたため、今まで黙っていた王太子が口を挟んだ。仕方なくはっ、と言って黙った。


「護衛するのはグイニスだ。」


 王の口から出てきた王子の名前に、モナの予想通りだったなとシークは思った。


(…これは、出世どころか、左遷(させん)だって言ってたヤツだな…。)


「グイニスをセルゲス公に任じた。そのため、親衛隊を送っていたが、問題が生じた。」


 王の話は続いているため、シークはなんとか話に集中した。今は隊のみんなに何て言うかとか考えている場合ではない。


「先に送った親衛隊の三分の二が、グイニスの護衛に殺された。護衛はもちろんニピ族だ。そんな芸当ができるのは、ニピ族しかいないが。」

「!」


 思わず、顔を上げて王の顔を凝視(ぎょうし)してしまい、慌てて視線を戻す。

 ニピ族は大昔から住んでいるサリカン人の兄弟族だと言われている。サリカタ王国(いち)…いや、ルムガ大陸一と言われる武術、ニピの踊りを身につけている。シークの家は古い剣術流派の家柄であるため、昔、剣術の指導をしてくれた長老が言っていたが、ニピ族は踊りと舞の二つに分かれており、舞の方が古い掟を守り、王家にしか仕えないという。踊りの方は、カートン家と契約を交わし、その後、金持ちや貴族にも使えるようになったという。


 舞にしろ、踊りにしろ、ニピ族は己で自分が仕える主を決め、一生をかけてその主を護衛する。(すさ)まじい武術を一人の人間の護衛のために使う、特殊な生き方をする人々だ。


「お前も噂で聞いているだろう。グイニスの容姿は先の王妃と生き写しで、大変整っている。そのため、あの子に欲情したという理由で殺された。その上、護衛はグイニスを連れて行方をくらました。」


 王の言葉にシークは耳を疑った。


(……行方をくらましたって、行方不明ってことだよな。)


 行方不明……。行方不明…!? シークは必死に考えた。行方が分からない人を一体、どうやって護衛するのか?


「…お、恐れながら、セルゲス公は行方不明なのに、どうやって護衛をしたらよいのでしょうか?」


 あまりに子供っぽい質問だったが、本当に混乱していたのだ。王が苦笑した。


「どの隊もみな、そう言って護衛を辞退した。お前も辞退するか?」

「…そ、それは……。」


 本当は辞退した方がいいような気がするが、辞退できない空気が王と王太子から(かも)し出されている。


「王妃が私情のままにグイニスに刺客を送っている。私とてあの子を殺したいわけではない。」


 王の言葉にシークは、はっとした。冷酷に甥を追いやったようにしか見えないのに、王の今の言葉には、甥を(いつく)しむ感情の欠片(かけら)が見え(かく)れしたように思ったのだ。


「…何か方策がおありでしょうか? セルゲス公を見つけ出すための…その、何か情報なりとも……。」


 思わず発言してからシークは後悔した。もう後には引き下がれない。やるしかないのだ。


「宮廷医が一人、後を追っている。」


 シークは耳を(うたが)った。親衛隊でも何でもなく宮廷医が追っている!?


「まあ、カートン家の医者だが。こういう時、足が軽いのはカートン家しかいない。他の家柄の医者共はなんだかんだ言って、面倒な仕事を何一つしない。」


 カートン家、という名を聞いてシークは納得した。二百年間宮廷医を輩出(はいしゅつ)している家柄だが、他の古い家柄の医者の家門からは、毒使いだとどこか敬遠されて馬鹿にされている。貴族や古い家柄ほど、その傾向は強い。


 だが、その腕は確かで、いつでも誰でも身分に関係なく、無料で診療する方針である。そのため、手広く商売もやって金を稼いでいる変わった医師の家門だ。しかも、門戸を開いて学校を創設し、多くの優秀な学生を集めて医師を養成している。


「そのカートン家の医者の連絡によると、護衛はグイニスを連れてリタの森に行ったそうだ。どうやら、ずっとサリカタ山脈やリタの森の間を行ったり来たりしているらしい。

 私としてはセルゲス公に任じた以上、一つの所に留まって貰いたいと思っている。だが、刺客のせいで逃げるしかないと説明されれば、護衛を送るしかあるまい。」


 リタの森、と聞いてシークはめまいがしそうだった。森の子族の中で最も(はげ)しい戦闘民族として知られているリタ族が住んでいるから、リタの森だ。リタ族はその一方で草木に詳しく、カートン家と交流があり、コニュータ建設に手を貸してくれたり、街の森の管理に携わったりして、最も街に出てきている森の子族でもあった。


 さらに、リタ族は美しいということでも知られている。褐色の肌に灰色の目をしており、男か女か一見分からぬような柔和な面立ちをしているが、討ち取った敵将をバラバラにすることで有名だ。おそらく、見た目と行動がかなり違うので余計に恐れられたと思われる。


 シークの隊にも一人、リタ族の隊員がいる。もしかしたら、それで選ばれたのかもしれない。しかし、リタの森に逃げたのなら、カートン家の医者しか追っていけないだろう。そして、自分達もリタの森に行けと?しかし、広大な森をどうやって探すというのだろう?


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