嵐の前の騒動 5
ジリナは部屋の中を飾る花を生けるため、村娘や親衛隊員も集めて花を生けさせることにした。時間も人手もないので、急遽、開かれた生け花選手権の結果は……?
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
ジリナはもう一度、村娘達を集めた。この日は最初からフォーリやシークも集め、一緒に花の生け具合を見ることにしていた。
今日は体調がいいのか、若様も一緒にいた。そして、この日に限って若様は髪を結ばずに垂らしたままだったので、村娘達はみんな一斉に可愛い若様に目が釘付けだった。いつでも、すぐに寝られるようにというものらしいが、娘のセリナなんかは完全に若様しか目に入っていない。
ジリナは思わずフォーリを睨んだが、フォーリはふん、とそっぽを向いた。若様にみんなみとれて花を生けてみるどころではない。
(…全く。娘達の感覚じゃ、田舎者過ぎて笑われるから、生けるだけ無駄だということかい、フォーリさん?)
それでも、ジリナは無駄な抵抗をして、上の空の娘達に花を生けさせてみたが、案の定全くダメだった。てんでバラバラ、全く芸術的な素養の欠片の一つも無い。
セリナも全くダメで、ズボッと花瓶に挿しただけ、一番ダメな落第点だった。一人くらい、いるかもしれないというジリナの淡い希望は跡形もなく砕け散った。
ジリナはため息をつくと、親衛隊員達の方を向いた。フォーリの方も見てみる。
「…フォーリ殿。もしかして、ニピ族はそういうたしなみも覚えているのではありませんかね?」
試しに猫なで声で聞いてみたが、にべもなく答えが返ってくる。
「できません。」
それで、ベリー医師に目を向けてみた。
「私は摘み取る方の専門でしてね。」
すぐにそんな答えが返ってきた。
「…まあ、先生はそうでしょうね。」
それで、仕方なく、というか最初から目を向けると逃げられると思ったので、一番、素養がある可能性が高い、親衛隊の隊員達に目を向けた。一斉に、え!?嫌だな…、という雰囲気が漂い出てきた。
「…ヴァドサ殿、誰か出来そうな人はいませんかね?」
ジリナがシークに話を向けると、すぐにある隊員に目を向けた。
「ヘリム。お前ならできるだろう?」
やっぱりね…!思った通りさ、と内心でジリナは当たりだとほくそ笑んだ。
「……まあ、少しはできるかもしれませんが、あんまり期待はしないで下さい。」
切れ長の目が印象的な、なかなか色気のある青年が前に出てきた。村娘達が青年を前にして少し気圧されている。
「そうか。期待しているぞ。」
はは、と隊長の言葉に苦笑しながらも、ヘリムと呼ばれた青年…トゥインは、さっさと村娘達の生けた駄作達を抜き取り、一つの花瓶に生け始めた。
「…あんまり、上手くないですよ。」
と言いながら、かなり芸術的な花が仕上がった。
「…何が上手くないだ、上手いだろう。なあ、みんな?」
シークが隊員達に同意を求めると、一斉に頷いた。
「同感です。」
「ほんとに。」
「さすがは実家が妓楼なだけある。」
そんな声が飛び出した。妓楼が実家と聞いて、ジリナは納得した。
「しかし、隊長。私はこんな細々したものなら生けられますが、大物は生けられませんよ?」
「大物?」
「玄関広間なんかに生けるようなのですよ。広間とか応接間なんかにでんとするのは苦手です。」
「…ああ、ああいうのは苦手なのか。一度、やってみろ。」
シークは考えながら、トゥインに命じる。
「えぇ!?変なのしかできないですよ?」
実際に少し大きな花瓶をみんなでどこかから運んできた。物置に入っていたものだ。
「でも、隊長。これ、失敗してどこか欠いたりしたら、大事ですよね?だって、これ、明らかにシェインエン大陸の舶来品ですよ?こんな大きな花瓶、どうします?」
「確かに練習で使うのは恐いな。」
というわけで、それは物置に戻され、代わりに少し縁が欠けた黒光りする大きな甕を運んできた。
「隊長、これ、本当は肥だめ用の甕なんじゃないですか?」
「ああ、たぶんな。でも、一回も使った形跡がない。おそらく、ひびが側面に入っているからだ。それで、放置されていたんだろう。」
「それなのに、水を入れても大丈夫ですか?」
「これには直接入れない。お前、見たことないのか?本当は知っているはずだぞ。中には桶なんかを入れて、見た目だけ綺麗にしておく。直接水を入れたら、重すぎて動かせなくなるからな。」
トゥインがニヤリと笑った。隊長殿は誘導に見事に引っかかったのだ。
「ということは、隊長、生けたことあるんですよね?」
トゥインの確認にようやくシークは誘導だったことに気がついて、苦い表情を浮かべた。
「隊長も生けられるんですよね?」
「……。いいや。」
「隊長、嘘つこうとしても無駄です。目が泳いでますよ?」
「…そんなことはないはずだが。」
「隊長、今度は目をまっすぐにしすぎです。はい、隊長もやること確定です。」
シークは何か言おうとして、結局、ため息をついて頷いた。
「ああ、分かった、分かった。うちじゃあ、誰でもやるから当たり前だ。誰が手が空いている人がやることになっているからな、何でも仕事は。」
シークの言葉を聞いて、ジリナはヴァドサ家が厳格な家柄だと感じた。ヴァドサ家の家訓は“働かざる者食うべからず”という言葉当たりが妥当そうだ。
「とりあえず、生けてみて下さいよ。」
トゥインが背中を押したので、シークはその辺にある花材を選ぶとのこぎりを持ってきた。もはや、半分大工仕事?のような感じになっていた。
マントを脱いでギーコギーコと松の枝を切り始めた。さらに鉈を持ってきて、竹を割ったり始めた。部下達を手伝わせ、大きな桶を甕の中に入れる。
腕まくりをして花材を入れ始めた。できあがりを見ると、なんだか家風そのままという感じがした。質実剛健、簡素で豪快、だが、その中にもどこか可憐さがあるような、人柄も十分にじみ出ているような花だった。
「…確かに大きいのはお前が入れた方が良さそうだな。」
フォーリが感想を述べる。
「……何だか、本当にお庭の木がそこに生えているみたい。」
若様が感嘆の声を上げた。確かにその通りだった。しかも、元は肥だめ用の甕とは思えず、かなりしっくりきているから不思議なものだ。
ジリナはもしかしたら、剣術流派の子息は花を生けられるかもしれないと思い、他の剣術流派の子息、次に副隊長のベイルを見やった。すると、ジリナの視線に気づいたベイルが慌てて手を振った。
「あのう、私は生けられません。ヴァドサ家が凄いんです。」
当然、イワナプ流のジラーも慌てて否定した。
「私も生けられません…!隊長が器用なんです。何でもできますから。」
それを確認すると、ジリナは頷いた。
「それでは、花生け係はお二人でお願いしますよ。」
仕方なさそうにトゥインとシークは頷いた。
「はい…。分かりました。」
そして、村娘達は男性の二人がかなり芸術的な花を生けていたので、敗北感と驚きの入り交じった表情を浮かべていた。
(…まったく、この子達ときたら、育ちが違うって分かってないんだよ。隊長さんが、この中で若様の次に名家の子息だって分かってないだろうよ。田舎娘達が張り合おうっていう、その意識すら間違いなんだよ、まったく。)
内心でジリナは一人でやきもきしていた。
しかし、とこっそりジリナはシークを見つめて、心の中だけでニンマリする。剣術だけでなくこういうこともできるとは、気に入っているだけに嬉しい。
他にも棚の上にしく敷物とか、壁に飾る壁掛けとか、見繕ったり作ることになったり、色々と忙しくなったのだ。
そして、敷物や壁掛けくらいなら、シークとフォーリの針仕事の腕でいけることも分かった。若様は素直に「二人とも凄いね、何でもできるんだね…!」と嬉しそうに喜んでおられたが、村娘達はいっそう落ち込んだ。
針仕事くらいなら、シークとフォーリに勝てるとふんだらしいが、勝手な張り合いは彼女達のぼろ負けで終わった。シークは縁に綺麗に刺繍まで入れるという、器用さだったのだ。妹達の服に刺繍を入れたりすることもあるからだという、説明だった。穴をふさぐのにも刺繍は便利だと言っていた。
ヴァドサ家は名家だが、贅沢はしていないのは明らかだった。つまり、穴が空いても刺繍で塞いで大切に衣服を着ているということである。
とりあえず、そんなことがありながら、準備は進んでいったのだった。
星河語
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。




