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シェリアの独り言 1

 シークは知らないが、彼が行ってしまった後、シェリアは一人、寝台に突っ伏した。

 彼女は本気で久しぶりに泣いていた。


 いつもなら、なんてことなかった。誰も彼も大抵の男は彼女の身分を見て、どうやったら彼女に気に入られるか気にしてくる。彼女の機嫌を取ろうとやっきになる。だが、彼は全く違った。


 何一つ、そんなことはしてこなかった。とても、真面目で真摯(しんし)で、紳士だった。あんなに怒っているのに、シェリアが傷つくようなことはしなかった。彼女の気に入ろうとする男達は、彼女が手に入ったと思った途端、態度を(ひるがえ)す。大抵はそうだ。


 本当のことを言えば、殴られたこともある。無理矢理、体を(うば)われたこともある。彼女の身分を使ってそんな男達は葬ってやった。実際にそうしたり、社会的にそうしたりした。


 中には違う男もいる。彼女を守ろうとする者は幾人かいる。だが、それは彼女がそうなるように仕向けたのであり、利用するための駒だから少しだけご褒美を与える相手であって、それ以上でも以下でもない。


 久しぶりだった。嫌われたくなかった。最初は試すため。バムスに課せられた任務を全うできるようにするため、そして、興味本位だった。


 シークに言ったことは本当だ。好みとしてはフォーリだ。だが、彼はニピ族で任務として全くもって完全に割り切り、望みを叶えたのだから、代わりに持っているものを寄越せと言ってくる。特に情報だ。それを知っているので、簡単に手に入るものは面白くない。


 しかも、情報を渡したくないと断れば、殺される可能性もある。たとえ殺人事件が起きても、ニピ族の犯行なら黙認される。ニピ族なら仕方ないとなるのだ。ニピ族が護衛している主に手を出したから、悪いのだとなってしまう。しかも、フォーリはためらわずにシェリアであっても、殺してしまうだろう。


 そういうことから言ったら、ヴァドサ・シークの方が面白そうだった。彼がどういう人間か興味があったし、親衛隊に選ばれる護衛隊長の人間としての魅力はどういうものがあるのか、それを見るのもあった。


 でも、まさか自分の方が彼に()かれるとは思わなかった。

 とても、真面目だった。任務中に人脈を築こうとするなんて、考えもしなかった様子だった。自分よりも護衛対象である殿下や、部下のことを思いやっている。特に部下達が路頭に迷わないように気を遣っている。


 馬車に乗った時も、その構造をよく見ていた。客車の弱点をよく観察していた。いわずもがな、乗降口が最大の弱点である。シェリアだってそれは分かっている。あの人員の配置の理由も分かったようだ。

 シェリアにとっては、新鮮な人だった。世の中にこんなに真面目な人はいるだろうか、というくらい真面目だ。


 大体、シェリアの名誉を傷つけたくないと言った人も初めてだった。おそらく、カートン家の医師、ベリー医師に何かしら言われていたのだろう。シェリアが誤解を受けても構わない、と思っているらしいと分かっていても、それでも名誉を傷つけたくない、と彼は言ったのだ。


 久しぶりに人に思いやって(もら)った。シェリアに熱い視線を向けてくる男はいる。だが、彼らは駒であり、深い仲になってはいけない相手だ。思いやりというより、どこかに情欲的な支配欲もあり、シェリアはそれを利用している。


 でも、彼は純粋に思いやってくれた。本当に久しぶりに、人の心からの優しさに触れた。バムスはシェリアにとっては、友人だ。彼は自分と同類なので、男女の仲になろうとは思わない。向こうも思わないので誘いを受けたこともないし、こっちからも誘ったこともない。友情としての優しさはあったかもしれない。しかし、二人はそれぞれ八大貴族の一員であり、それぞれ思惑を持っている。考えが近いから一緒にいるだけなのだ。


 異性として感じられる存在から、優しい言葉をかけて貰ったのが久しぶりだった。

 十五年ぶりだ。


 ただ一人愛した人、夫を亡くしてから久しくなかった。夫は彼女が毒殺したわけではない。義父の後妻が殺したのだ。ノンプディ家が乗っ取られる寸前だったので、シェリアは守っただけである。

 誤解を受け続けても構わない。そう決心したはずだったのに。もう、あの人以外、決して慕う人を求めないし、作らないと決めていたはずだったのに。


(…わたくしとしたことが、心を惹かれてしまったわ。)


 いつものように切り捨てられなかった。これも、人間性を見るためだと割り切れなかった。ほいほいシェリアの誘いに乗ってくるような男だったら、即刻部屋を追い出していただろう。

 そして、バムスの家来達によって包囲されて、闇夜のうちに二十人全員、抹殺されるはずだった。親衛隊が国王軍に殺されることがあってはならない。だから、国王軍は動かせないので、バムスに下された国王からの密命だった。そして、シェリアにだけは話された話だ。


 シークを同じ馬車に乗せたのも、彼を見張るためだ。

 でも、彼は二人の想像と違っていた。二人にすり寄ることもなく、緊張しながら黙って座っていたのだから。


(…それに、あの方は殿下のことで心を痛めて、わたくしに腹を立てていた。殿下を慈しんでいたわ。出会ってから、まだそんなに経っていないでしょうに……。)


 彼に嫌われたくないと思った。そう思ったら、いても立ってもいられなくなり、珍しく感情を(あら)わにしてしまった。本当の心を見せたから、彼も少し心を開いてシェリアの出した条件を呑んでくれたのだ。


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