教訓、四十五。智に働けば角が立つ、情に棹させば流される。 23
シークは若様を見ているフォーリの元に向かった。フォーリは怒っているに違いないと思っていたので、殺したかったら殺せばいいと伝えたが……。
若様の容態は深刻だった。走ってしまったのが良くなかったようだ。早く毒が回ってしまった。急がせたのが徒となったらしい。
シークは苦いものを飲み込みながら、一度着替えて若様の容態を見に行った。医務室の隣に若様は寝ている。
怪我をした四人は、また別の部屋で治療を受けていた。村に常駐している、カートン家の医師がやってきて、手伝ってくれている。主に、シークの部下達は彼が治療していた。
たまにベリー医師もやってきて、治療を手伝っている。様子を黙って見守っていると、ベリー医師がふと気がついてやってきた。
「治療しましょう。矢はどれくらい刺さりましたか?」
だが、シークの怪我は若様や部下達に比べれば、たいしたことはない。
「ベリー先生、私は大丈夫です。それよりも、若様や部下達の方をお願いします。」
ベリー医師が考え込むような表情をした。
「でも、あれだけ刺さっていて、怪我しない方がおかしいでしょ。」
「先生、革の胴着を着ていたので大丈夫です。」
「…貫通してもおかしくないけど。とにかく、診せなさい。」
だが、猫の手も借りたいほど忙しいだろう。これ以上、ベリー医師の手を煩わせるわけにはいかなかった。
「国王軍の、しかも親衛隊の胴着は特別仕様です。そう簡単に貫通しません。大したことはないんです。」
「でも、顔色が悪いけど。」
その時、ベリー医師は手伝いに来ている、村の医師に呼ばれた。
「行って下さい、先生。私は大丈夫ですから。」
シークが言うと、仕方なさそうにベリー医師は戻っていった。それを見届けてシークは覚悟を決めると、若様が寝ている部屋に入った。
この部屋には二つの出入り口があり、後ろの出入り口の近くにはセリナが椅子の上に足を抱えて座っていた。セリナを運んだピオンダ・リセブがセリナを見張りながら立っている。セリナはずっと泣いていた。彼女も自分のせいでこうなったと思い、涙が止まらないのだろう。
だが、何よりシークの責任が一番重い。やはり、情に流されてパンを食べる許可を出したのがいけなかった。パンを食べていなければ、もっと早く逃げられただろう。
フォーリは寝台の前に座り、じっと若様の容態を見守っている。今は高熱が出ているので、額に濡らした布を当てている。はぁはぁと浅い息を繰り返している。
「若様の容態は?」
どういう理由であれ、フォーリの信頼を裏切る結果になってしまった。そこが一番、申し訳なかったし悔しかった。敵の思うつぼにはまってしまったことが。
「……この通りだ。」
フォーリは苦い声でシークを振り返らずにそれだけ答えた。
「それよりもお前、大丈夫なのか?」
若様を助けに走ってきた時も聞いてきた。
「革の胴着を着ていたから、大丈夫だ。」
シークが答えると、フォーリはじっとシークを見つめ、眉間に皺を寄せた。シークは汗をかいていた。背中に血が滲んで、包帯や下着で吸いきれなかったものが、背中を伝い流れていくのを感じた。きっと、フォーリはそれを見抜いたに違いない。
だが、今はそれを他者に知られてはならなかった。セリナが気にするし、犯人の共犯者がどこに潜んでいるか分からないからだ。
「だが…。」
フォーリにしては珍しく、口を開きかけた。きっと、フォーリも動揺しているのだ。シークは急いで首を軽く振った。すると、フォーリもはっとして黙り込む。
「フォーリ。すまない。私の責任だ。」
シークはさらに覚悟を決めて続けた。
「殺したかったら私を殺せ。」
ピオンダとセリナが、部屋の片隅でぎょっとした様子だった。
言われたフォーリの方も、ぎょっとしたようにシークを見つめ、その後、睨みつけてきた。拳を握ると殺気が溢れてくる。全身を震わせて、くっ、と息を吐いた後、勢いよく立ち上がった。
「殺したかったら殺せだと…!?それが望みなら今日こそ殺してやる…!」
シークの胸ぐらを激しくつかんだ後、鉄扇を右手で抜いて振り上げる。シークは静かにフォーリが鉄扇を振り下ろすのを待った。本当にフォーリが怒って、シークを殺しても仕方ないと覚悟していた。そうだ。その責任は非常に重い。それに、自分の主に危害を加えた者を、ニピ族は許さないのだ。
シークはフォーリの動きを見守っていたが、フォーリの鉄扇を振り上げた手は、いつまでも振り下ろされなかった。
「……く。」
フォーリの双眸が揺らいでいた。それをシークが認めた直後、フォーリは悔しそうにシークの体を強く押しやった。
「…殺せない。お前を殺せるか…!くそ…!お前を殺せば敵が喜ぶだけだ…!」
殺せない…か、とシークは思った。目を瞑って息を吐き、呼吸を整えた。
「…そうか、分かった。また、後で来る。」
フォーリにはそれ以上の言葉は必要ない。シークが部屋を出る直前に、ピオンダとセリナの様子を確認すると、二人とも大きく息を吐いている所だった。
長いような短いような一日だった。
怪我をしたモナやラオ、オスクは痛みでうんうん唸っていた。ダロスは意識を取り戻した後、黙したまま痛みに耐えていた。治療が一段落した四人と面会する。
「…隊長、大丈夫ですか?背中、治療したんですか?」
「…ああ、大丈夫だ。」
シークは頷くと四人を見渡した。
「お前達、すまない。大けがをさせてしまった。」
「いいえ。それが私達の任務にはつきものです。それに、若様はどうですか?」
「まだ、ちっちゃいからそれが心配です。」
四人とも、真摯な目で若様の様子を知りたがっている。
「今は高熱が出ている。フォーリがつきっきりで側にいる。」
四人は心配そうに顔を見あわせた。
「…あの。セリナは大丈夫ですか?」
今まで黙っていたダロスが口を開いた。
「セリナは無事だ。フェリム。お前がセリナを守ってくれて助かった。お前が助けてくれたから、村人に一人も怪我人が出なかった。本当にありがとう。」
シークの答えに、心底ほっとしたようにダロスが頷いた。
「…これも、若様のためになります。任務のために行動したことです、隊長。」
はにかんだようにダロスは真面目に答える。
「そうだな。それでも助かった。ゆっくり休んでしっかり体を治せ。」
シークはダロスの他に、順番に他の三人にも声をかけると部屋を出た。
星河語
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