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教訓、七。権の前に、剣は役に立たず。 9

 シェリアがいつまでも動かないので、シークはどうやって抜け出せばいいのか分からずに黙って立っていた。だんだん頭が回らなくなってきたような気がする。鍵を開けることもできないし、助けてくれとドンドン扉を叩いたところで、開けて貰えるわけもないだろう。


 やはり、気絶させるしか方法はないが、しかし、手荒な真似はしたくない。物語のように首を打って気絶させられたらいいが、下手をすれば首を捻挫(ねんざ)するかもしれないし、気絶するだけの力を加えるということは、脳挫傷のうざしょうを起こしてしまうかもしれない。確実なのは脳に流れる血流を阻害することだが、もし、力加減を間違えたら、死んでしまう。酒を飲みきって出して貰えるだろうか。今はそれに賭けるしかないが…。


「…もう、あなたって。面白い人。普通、黙って立ったままじゃないわ。」


 ため息をついて、シェリアは告げる。


「さあ、その酒を全部お飲みになって。」


 仕方なく酒を飲み干すと、シェリアは満足そうに微笑み、ガラスの椀を受け取って小卓の上に戻した。


「戻っていいのですか?」

「…歩けるならどうぞ。でも、歩けなかったらわたくしのものよ。」


 シェリアの言葉を聞いた直後に、シークは頭がふらついた。やはり、素直に戻して貰えないらしい。何か特別な酒に違いない。薬でも入っていたのだろう。文字通りふらついた。それでも戻るべく足を踏み出す。目の前が大きく(かし)ぐ。それでも、一歩踏み出し、二歩目も踏み出す。三歩目で(つまづ)きかけ、なんとか体制を整える。頭が芯からぐらつく。四歩目で体がつんのめり、壁に手をついた。しかも、どっちが上でどっちが下か分からなくなるほどぐらつく。とうとう五歩目で気が付いたら倒れていた。


 シェリアが目の前にしゃがんだ。


「あなたはわたくしのものよ。」


 彼女が何も言えないでいるシークを目の前にして、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「誰か、ヴァドサ殿をお風呂に入れて差し上げて。」


 シェリアが声を上げた途端、ガチャリと鍵が開けられて扉が開き、大勢の侍女や侍従が入ってきた。


「女性だと抵抗できないわ。」


 シェリアが口角を上げて微笑(ほほえ)みながら言ったため、侍従達は下がり、侍女達がやってきて、否応もなく制服を(うば)われた。下着だけにされて床に転がっている状態だ。


「! あ、うわぁぁ、な、何を!」


 酒と薬のせいで意味不明なことを口走っている。

 シェリアはシークの制服を腕にかけると、艶然(えんぜん)と微笑む。


「言うことを聞かないと、この制服を質に売りに出しますわ。」

「!」


 国王軍の制服を紛失したら大罪である。最低でも、一ヶ月は牢に入らなくてはならない。それが故意に売ったとなれば、さらに罪は重くなり十年以上の禁固刑か立場によっては死罪だ。シークの場合、確実に死罪。それもシーク一人の問題ではない。部下達にも類は及ぶ。隊の隊長が制服を売ったとなれば大問題だ。


 だから、気に入らない相手の制服を盗み、わざと売る事件も過去に起きたので、盗んで売った場合は三十年以上の禁固刑と決まっている。だが、それは軍人に限った話でこの場合はどうなるのだろうか。


 シークは頭を振ったが全然、頭が回らなかった。そもそも部屋に入ったのが間違いだった。…いや、そうなるとベリー医師に言われた、探ってこいという任務は果たせなかった。でも、部屋の手前で話をすればよかったのか。いや……あれ?目が回って頭の中まで回っているようだ。何を許して貰おうとしているのかさえ、分からなくなりそうだった。ようやく制服のことだ、となんとか意地で思い出した。


 屈辱的なことに、酒と薬のせいで起き上がることさえできず、床に転がっている状態で下着姿のまま許しを()う。


「…どうか制服を返して下さい。私一人ならまだしも、部下達を路頭に迷わせたくありません。」

「じゃあ、言うことを聞くことですわ。分かっていて?わたくしとバムス様がいれば、あなた達なんて一晩の内に失脚させられるのよ。死罪にだってできますわ。」


 なんだか、隠れていた本性が見えたような気がする。思いっきり権力を見せつけてきた。しかも、シークにはそれに対抗する術を持たない。どうにか、部屋の中に入らず済ませばよかったと後悔していたが、最初からそれはなかったのだ。頭が回らない状態でも、そのことは分かった。部下達の命を握られている。“夜のお相手”をしなかっただけで死罪なんて、とんでもない。


 正常な状態だったら怒り心頭に達していただろうが、酒と薬のせいかそこまでの怒りはなかった。人ごとみたいに見ている自分がいる。それでも、屈辱的でなかなか受け入れられなかった。部下達のためだ、と繰り返し自分に言い聞かせ、なんとか声を(しぼ)り出す。もし、酒と薬がなければ言えたかどうか分からない。


「…分かりました。」

「ようやく観念したのね。それにしても、良く効くお薬ですわ。さすがはカートン家の先生ね。剣術の達人相手に、わたくしが勝てるわけありませんもの。」

「へ?」


 シェリアの独り言について、詳しく考えている(ひま)は全くなかった。今度は大勢の侍従達が来て手際よく体を持ち上げられた。目が回っている状態では、暴れることさえできないのだと初めて知った。無理矢理、風呂場に連れて行かれる。

 こうしてシークは権力の力を思い知ったのだった。剣術は全く役に立たなかった。

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