教訓、四十四。時に言葉は、剣のように心を傷つける。 9
ベリー医師はやはり若様の担当医だった。フォーリでも引き出せなかった若様の本心をあらわにさせる。自分は捨てられるんだという若様の主張に……。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
パシッとベリー医師が、若様の頬を叩いた。フォーリは思わずベリー医師を睨む。よくもニピ族の目の前で、主を叩けたものだ。思わず鉄扇に手をかけそうになったが、堪えた。これも、若様のためだ。
「!……なんで叩くの!?」
若様の両目が涙で潤む。泣きそうになりがならも、ベリー医師に言い返した。
「痛かったですか?」
ベリー医師は淡々と聞き返した。
「…痛かった!だから、聞いてるのに…!」
「では聞きます。任務だからといって、毎日、ほっぺたを一日二十回ずつ叩けと言われたら、叩きますか?」
ベリー医師の質問に、若様はうつむいた。他の子供だったら、『一体、何の関係があるのさ!』などと言って刃向かうだろうが、聡い若様には意味が分かっていた。
「……叩かない。」
「なぜですか?」
「……だって、痛いから。」
「決められたことであっても、叩きませんか?」
「叩かない。見張りがいたらべつだけど。誰も見張ってないなら、馬鹿みたい。」
若様はぼそぼそと答えた。
「そうですか。そうですよ、普通はね。あなたの護衛も同じです。」
若様が顔を上げてベリー医師を見つめた。唇が震える。
「あなたの護衛は、ほっぺたを叩くより悪い。命がかかるんですから。毎回、毎回、なんで無意味に自分の命をかけなくてはいけないんですか?あなたの理屈から言っても、無意味でしょう。違いますか?」
「……それは。」
若様はうつむいて、唇を尖らせていた。ベリー医師は時に誰よりも厳しい。
「ご存じのとおり、命は誰でも一つしかありません。あなたの命も、彼の命も同じ、一個しかない。その命をかけて、何度もあなたの命を救ったのは、どうしてですか?」
「……それは…責任感があったから。」
「責任感だけで、使命感だけで、あれだけ命がけの場面で、あなたの命を守り続けられるとでも?確かにそれもあるでしょう。でも、それだけで守り切れません。あなたという一個の人間を、助けたい、守りたいという情があるから、守れるんです。
信頼を得るためだけに、守れるとでも?それだけのために、何度も何度も守れると?確かに、敵を騙すために、そういうことを繰り返す者もいるかもしれません。しかし、いつか化けの皮が剥がれます。本当に、あなたを守らなくていいなら、適当にすればいい任務なら、とっくにあなたを見捨てれば良かった。
そうすれば、彼はもうサプリュに帰っているでしょうし、結婚式も挙げていたでしょう。何もこんなに満身創痍にならずに済んだし、毒で寿命を縮めなくても済んだでしょうね。」
若様がベリー医師の言葉に、さっと顔色が青ざめた。
「……寿命が縮んだの?」
「あれだけの猛毒を食らえば、縮みます。彼は口に出して言いませんが、時々、体はきついでしょう。」
「……。」
「分かったなら、謝りなさい。言ってはいけないことを言いました。」
「……いやだ。」
うつむいていた若様は、小さい声で、しかしはっきり言った。さすがのベリー医師も、びっくりした様子だ。
「若様、謝りなさい。」
「嫌だったら、嫌だ!」
若様は言って、拳で布団を叩いた。
「若様、なぜですか…!」
とうとうベリー医師も大声を出した。
「だって、だって、どうせ、私なんて捨てられるんだ!」
「捨てられる?誰に?」
若様は顔を歪めて、両手で涙を拭った。
「……だって、ヴァドサ隊長に子供が生まれるって。きっと、子供が生まれたら、木こりの話みたいに、私は邪魔になるに決まってる…!子供か私か選ばなければいけなくなったら、私じゃなくて、子供を選ぶに決まってる!そうなるに決まってる!」
さすがのベリー医師も、言葉を失って若様を見つめた。
「だから、だから…!どうせ、捨てられるに決まってる!私は、勝手にヴァドサ隊長を慕って、甘えたりしたけど、現実は、私は役立たずの王子で、そんな護衛なんか、したくないに決まってる!早く家に帰りたいはずだよ!だから、傷ついたって構わないって、思った!
二人が傷ついたの分かったけど、私はずっと傷ついてきたから、少しくらい、傷ついたってかまわないって、そう思った…!だから、いつでも殺せるんだから、いつでも殺せばいいって言った!」
若様は泣きじゃくった。
「どうせ、いつかは捨てられるなら、私の方から捨てておいてやるって思った!そうしたら、その時になって、悲しくならずにすむから…!」
フォーリは後ろに来た気配に気づいたが、黙っていた。ベリー医師の用事とは、彼を連れてくることだったのだ。つくづく食えない医師め、と心の中で毒づく。でも、それはかなりきつかっただろうと思う。若様は何度も、シークが傷つく言葉を言ったのだから。
「……馬鹿な子だ。」
そう言ったシークの声は泣き声だった。きっと、隣室で耐えきれずに泣いたのだろう。たぶん、フォーリが思うに、部下達、兄弟姉妹の誰に言われるより、若様に言われることが一番きついだろうと思う。一番下の弟の気分だと言っていたから。
若様が弾かれたように顔を上げ、声の主のシークを見つめた。
「そんな先々のことを考えて、あんなことを言ったのか?」
「……先々じゃない。だって、いつ、そうなるか分からないもん。」
若様は膝を立てて、そこに顔を突っ伏して答えた。肩を震わせて泣き始める。
「…そうか。確かにそうだな。」
シークは言って寝台の前に立つと、若様の頭を撫で始めた。
「お前の不安はもっともだ。」
頭をかるく手でぽんぽんと叩いた。シークは否定しなかった。そのことで、若様の膝を抱える両手に力が入った。そんな若様をよそに、シークは若様と視線を合わせるために寝台の前で立て膝になる。
「お前の言うとおり、家族かお前かどちらかを選べと迫られた時、そんな究極の選択を迫られた時、私自身、どういう選択をするのか、その時になってみないと、おそらく分からないと思う。」
若様が突っ伏したまま、膝にかかっている布団をさらに握りしめる。
「ただ、私は家族の力を信じようと思う。」
「……。」
「当家はそう簡単に攻め落とせない。そう簡単に誰もやられたりしない。」
星河語
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