教訓、四十三。忘れものはしないように。 3
ヴァドサ家会議第三弾。大揉めしている時にバムスの訪ないを告げられたが、バムスの方が気を使って部屋に帰ってしまう。客人に気を使わせてしまい、大人達が青ざめていると、ビレスの夫人の一人オリディカが笑って問題は万事解決だと言い出した。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
すると、オリディカがおほほほ、と鈴を転がしたように笑い出した。元妓女なだけあって、雅やかでありながら艶も併せ持っている。
「まあ、これで、万事解決ですわ。」
と言い出したものだから、みんなで一斉に彼女を見つめた。
「…どういうことです、オリディカさん。」
ケイレが当惑した声で質問した。
「レルスリ殿が、おそらくニピ族の誰かに言いつけて、さりげなくシークさんの耳に入るようにされるでしょう。」
それを聞いた大人達は一斉に青ざめた。まだ、少年少女達はそこまで分かっていない様子で、青ざめた大人達を不思議そうに見つめた。
客人にそんな気を使わせてしまったのだ。
「ですから、わたくし達は手紙を書けばいいのですわ。素直に現状を話して。」
なんてことだろう、みんな大人達は頭を抱えた。
「……後で謝罪をしておかなくては。」
ビレスが掠れた声で呟く。
「お礼はしなくていいの?」
カレンが尋ねた。
「カレン、お礼はいらないのよ。お互いに知っていても、これは知らないふりをすることがらなの。謝罪するのは揉めていて、気を遣わせたことだけね。」
「ふーん。」
オリディカの説明を受けても、カレンは首を傾げている。
「意味分かんない、叔母様。」
テラが質問した。
「そうねえ。じゃあ、こう言ったらどうかしら?
レルスリ殿はわざと姿を現したのよ。きっと、ここに来る前に、ニピ族が訪れても大丈夫か様子を伺っているはずね。そうしたら、家族上げて大揉めしていると聞いて、わざとやってきた。
もちろん、何を揉めているかを確認するためもあるでしょうけど、レルスリ殿が姿を現せば、使用人の誰かが訪れたことを知らせるわけだから、否応なしに揉める論議が終わるでしょう。だから、姿を現しておいて、ロナがミモザに伝えさせたにも関わらず、戻っていったのよ。」
オリディカの説明によって、ますますヴァドサ家の家族は気まずくなった。
「…そっか。だから、父上達がみんなしまったな、という顔してるのね。」
テラとカレンが納得する。
「でも、そんなに落ち込まなくてもよろしくってよ。」
「何で?」
今度はティークが尋ねた。
「だって、レルスリ殿はこれで、わたくし達家族がどういう考えをするかとか、そういう判断材料を得ることができましたわ。レルスリ殿の洞察力は、こういう所で静かに観察することで発揮されるんですのよ。
妓楼でもそうでしたわ。他の方に華の中心はお譲りして、ご自分はいつも控えめに端にいて、盤上戦やカードゲームをなさったりしておいでです。でも、その間、彼は黙って他の方々の話を聞いています。
そして、鋭い洞察力で誰が何を考えているのか、把握してしまわれますの。ですから、よい情報を提供したので、落ち込まなくていいのですわ。」
「……。」
かえって落ち込むような……。
「それに。」
オリディカの声がその部分だけ一層低くなった。
「レルスリ殿は、重要な情報を得ましたわ。死んだふりをしながら、王太子殿下がセルゲス公の元に行かれる事を知ることができたんですもの。これ以上の情報はありませんわ。
ですから、ニピ族を正々堂々セルゲス公の元に送ることができる、ちょうどいい言い訳ができたわけですわね。
仮にわたくし達に、なぜ勝手にサグか誰かを出入りさせたのかと問い詰められたとしても、シークさんのことを引き合いに出せば、恩を売りつつ、必要な情報の収集もできるんですから。
堂々と王太子殿下がセルゲス公の元に行かれる前に、セルゲス公のご様子がどうなっているか、把握できるのですわ。」
さすが、高級妓楼で五本の指に入る妓女として、名高かっただけあった。高級妓楼の妓女ともなれば、最高の知識を持った教養のある女性でなくてはいけなかった。
一方でナークは、あぁ、しまったと顔を覆う。
「ご安心を、ナークさん。レルスリ殿は誰に聞いたとか、決して口を滑らせるようなお方ではありませんわ。先日のことで、お分かりでしょうけれど。」
屋敷が焼け落ちた時の件のことを言っている。家族に話すとは、こういうことだった。家族会議になるのである。そのため、オリディカも話を聞いていた。
「おほほほ。ですから、最初に申し上げたはずですわ。レルスリ殿をかくまわれると言われた際に、どんなにおとなしくしていても、虎をかくまうのと同じくらい、危険ですわと。
こういうことですのよ。おそらく、レルスリ殿は屋敷の建て替えの時、どのように直せばいいのかなど、口を出してくるはずですわ。
大変、賢い方ですから、どうすればヴァドサ家の屋敷がより一層、使いやすくなるかとか、そういうことも念頭に入れておられるでしょうね。
こうして、正式にヴァドサ家の見取り図なんかも、手に入れてしまわれるのです。ヴァドサ家の屋敷全体を、バムスさまに押さえられてしまうのですわ。
ただし、レルスリ殿に手伝って頂かないと、セルゲス公をお迎えしての結婚式なんて、上げられませんわね。」
一同はぽかんとして、オリディカの話を聞いていた。あんなにふんわりしていて、しっとりして艶めかしく、穏やかに静かに暮らしているだけで、しかも、いつも楽しそうに飾らずに暮らしているようだが、その一方でそれだけの難しいことを考えていると?
「……それでは、そこまで言われるなら、オリディカさんに、レルスリ殿とお話する際は同席して頂かないと。わたし達だけでは太刀打ちできません。」
ケイレが呆然と言うと、オリディカは首を振った。
「それはできませんわ、奥様。」
「なぜです?」
「だって…わたくし、こちらに嫁いで来る前、バムスさまとは、仲が良かったんですの。妓女の虫が騒いで、焼けぼっくいに火がついてもいけませんわ。」
オリディカはそう言って、ふうと色っぽくため息をついた。潤んだ瞳で遠くを見つめ、ほうっと頬を上気させて呟いた。
「それでよろしいなら、参りますわ。バムスさまが何をお考えなのか、探って参りましょう。」
みんな、何と言えばいいのか分からずに、オリディカとビレス、そして、ケイレを恐る恐る順番に見つめた。
「……分かりました、オリディカさん。お願いします。」
え!?
全員の目が点になり、驚愕しながら声の主であるケイレを見つめた。
「承りましたわ、奥様。」
そう言って、オリディカは力強く頷く。なんだか、ケイレとオリディカの間には戦友のような絆があった。
「…お、お母さん、本気なの?」
ティークがうわずったような声で聞き返した。実母は“お母さん”ケイレのことは“母上”と呼んでいる。母違いの子供達はみんなそうだ。
「…あなた達、まさか、すぐにでも閨に入って褥の上で何かすると思ってないこと?」
そんな直接的に言わなくても……。
「まさか、そのようなことはなくってよ。バムスさまは、礼節を欠きませんわ。ビレスさまに嫁いだと分かっているのに、そのようなことはなさいません。」
みんなほっとしながら、心の中で思う。あなたが何か仕掛けないのかと。
「なんだ、良かった。てっきり、お母さんの方から言い寄るんだと思っちゃったー。」
カレンがずばっと言ってしまう。
「……。カレン、あまり、そのようなことを大きな声で言うものではありませんわ。はしたないって思われるのよ。あなたも年頃の娘なのだから、気をつけないといけませんわ。どれだけ、武術を身につけているからといっても、そういうことは別です。」
「……あ、はい。」
巧みにオリディカに話をそらされて、カレンは黙った。自分から言い寄ることについて、オリディカは肯定も否定もしなかった。
「…それでは、シークに子供が生まれるということを手紙に書きます。任務が大変そうだという父上の気遣いで、みんなで隠したと素直に書いて謝罪しなさい。いいですね?」
ケイレはまとめて家族を見回した。はい、とみんな頷く。
「それから。」
ケイレは鋭く、夫ビレスと言い忘れたエンスとアレスを見やった。
「お前様も含めて、あなた達はきちんと謝罪して下さい。シークが可哀想ですから。もちろん、わたしも書きます。」
最後にアミラを優しく振り返る。
「ごめんさい。とても心苦しい思いをさせてしまいました。これで、安心して子を産めますね。」
「お義母さま、ありがとうございます。本当に……。」
アミラは、今度はうれし涙で両目が潤んだ。
こうして、しばらくしてからシークの元に、やたらと謝罪が入った家族からの手紙が大量に届いたのだった。
ちなみに、ラクーサ医師にはユグスが診察を受ける時に、雑談として話してしまっていたのだった。
星河語
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