教訓、四十二。気の使い過ぎは良くない。 2
シークは婚約者について驚愕の事実をフォーリから伝え聞く。なぜ、そんな重要なことを誰も教えてくれないのだろう、とシークは憤慨し……。
フォーリは前置きをして、もう一度、耳打ちの体勢に入る。今度は話し出した。
「実はサグから連絡がきた。」
それだけでシークは驚いた。確か、サグは死んだようだという話だった。
「レルスリ殿は生きていて、お前の家で療養しているそうだ。」
「!」
理解するまでに数秒かかったが、意味を理解した途端、思わずフォーリを凝視した。確かに「なんだって!」と言いそうになったが、手巾が入っていたので「むぐう。」という妙な言葉になっただけだった。
なぜ、自分の家にバムスがいるのか?しかも、療養ってことは、やはり怪我なり何かあったということか。だから、家族みんなで変な手紙しか送ってこなかったのか。
「バムス・レルスリ、彼は自分の死を偽装しているそうだ。近隣諸国にも彼が死んだという話は伝わっているらしい。」
「……。」
やはり、偉い方々の考えていることって、分からない。いや、彼らしいといえば、彼らしいのかもしれないが。物凄く心配したのに、何か心配した分損したような……。でも、生きていて良かった。助けて貰った恩を返す暇さえなかったのかと思ったから、とてもほっとした。
「実際に手込めにされたのは、本当の話らしい。その際に怪我をした上、妙な薬も飲まされて死にかけたようだ。なんせ、襲ったのがピド族だったそうだから。」
「!」
唖然とした。相手がピド族だったのなら、よく死ななかったというものだ。男性なのに、そんな危険が降りかかるなんて、なんてことだろうか。若様も気をつけないといけない。
「でも、助かって、お前の家で療養しつつ姿を隠しているようだ。なんでも、結婚の準備をしつつ、療養するためだそうだ。」
それを聞くと大変申し訳ない。自分の結婚式のため、療養しながら仕事をするのだ。シークが申し訳ないと思っていると、フォーリはさらに続けた。
「サグの話によると、レルスリ殿はお前の屋敷に逗留して、楽しんで暮らしているらしい。」
そうだったのか。それならまだいいが。
「だが、なんだか騒動があったらしくて、その際に、彼の姿を目にした使用人達が、彼に心を奪われて毎日ぼんやりしているらしい。」
はい、なんですと!?それは、両親は苦労しているだろう。なんせ、ベリー医師の話によれば、若かりし頃に隣国の王をはじめ、近隣諸国のお大尽方の心を奪ったそうだから。
「さらに、レルスリ殿が口を開けば、お前の話が出て来るものだから、長く一緒にいて覚えがいいお前に嫉妬しているらしい。」
「……。」
なんか、妙なことになってないですか?何だか家に帰りづらい……。
「…まあ、後の話はサグの目線の話だから、適当に流せ。」
つまり、ニピ族は焼き餅焼きだ。シークの覚えが主人のバムスにいいから、焼き餅を焼かれているので、後は適当に話半分で聞いておけ、ということだ。ということは、シークはバムスのニピ族にも嫉妬されている。まずい。命がいくつあっても足りないではないか…!思わずシークは身震いした。
しかも、フォーリの口ぶりからいくと、サグは一度ここまで来たようだ。一体、いつの間に。
「……それと。」
フォーリは言いかけて、もう一度、シークの顔を覗き込んだ。
「お前、本当に婚約者の話は聞いていないのか?」
「?」
訝しみながら頷く。
「彼女から手紙は来ているのか?」
さらに首を捻りながら頷く。
「何も書いてないのか?」
フォーリが手巾を取っていいと言わないので、手巾を口に突っ込んだまま、頷いた。何も特に変わったことはないと言ってきているけど、何だろう?
フォーリは深刻な表情を浮かべた。
(まさか、実は何か重篤な病気になったとか!?だから、何も言ってこないとか!?)
「…ヴァドサ。私がこんなことを言っていいのか、どうかとは思うが。しかし、お前が知らないのは問題だと思うから言う。」
シークはフォーリの様子に覚悟した。きっと、何か悪いことが起きたに違いない。
「お前の婚約者は妊娠していて、もうじき子供が生まれるらしい。」
「…?」
今、何て言った?シークが目をしばたたかせていると、フォーリは困ったように更に言った。
「だから、お前に子供が生まれる。お前はもうじき父親になるそうだ。」
「!?」
はい!?でも、なんで、そんなに大事なことを、誰も、誰も教えてくれない!?
とうとうシークは手巾を取って捨て、フォーリの胸ぐらを掴んだ。
「大体、なんで、お前が先に知っているんだ!?」
「だから、サグから聞いた。」
あ、そうだった。いや、言いたいところはそこじゃない!
「なんで、誰も私にそのことを言ってくれないんだ!」
シークはまるで、フォーリがシークに事実を隠していた家族であるかのように、胸ぐらを掴んで激しく揺さぶった。
「なぜだ、なぜ、私に本当のことを、誰も教えてくれないんだ!!」
実はこの時、ベリー医師に頼まれて、ラオ・ヒルメとフォングーが様子を見に来ていた。フォーリがシークに胸ぐらを掴まれて、激しく揺さぶられている所を目撃し、ラオが慌てて駆け戻って、そのことをベリー医師に報告した。
「……その前に何の話してたか分かってる?」
「……その、隊長に子供が生まれるという話です。」
その話は、フォーリは普通に話していたので聞こえたのだ。
「やっぱりね、そうだよね。本人だけ知らないなんて。みんな知っているのに。」
ベリー医師はため息をついた。
星河語
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。




