教訓、四十一。吉凶は人によりて日によらず。 1
狩りに行ったある日、事件が起きる。みんなで鹿を捕らえた直後に、若様がいなくなったのだ。主人がいなくなると荒れるニピ族のフォーリは、途端に焦りだす。
それから数日後。
その前日も狩りに行ったが成果がなく、この日も続けて狩りに行くことになっていた。
シークはフォーリと一緒に、二十人全員で護衛しつつ、狩りを行う。狩りの時は一番、気を使う。何が起きるか分からないからだ。
今の所、狩りで何か重大な事故とか起きていないが、あの謎の組織の黒帽子の動きを見る以上、狩りの時を逃すとは思えなかった。
しかも、若様とフォーリのご飯を運ぶ係に村娘達に手伝って貰っていた。フォーリがわざとそうすると言ったのでそうしている。
この日はセリナとリカンナだ。若様はセリナのことを気に入って、村に一人で出かけて会った時に、屋敷に働きに来るように言ったくらいだ。セリナがいると分かって嬉しそうだ。
だが、狩りの間は二人は後ろに離れているので、話す暇はなかった。ただ、お昼時だけ話す時間がある。「ありがとう。」とか、そんな短い会話だけだったので、若様は少し残念そうだった。
森や山の中を歩いて回る。弓矢を持っているが、今のところ、何の成果もなかった。猪か鹿でもいたら、確実に捕らえないといけない。ただ、鹿は今、繁殖期に入っているので、雄は気性が荒い。角で突かれたりしないよう、気をつけないといけない。
そもそも、野生動物相手なので、何にしろ気をつけないといけないが。
昼食後、みんなは気をつけて狩りを再開した。昼食といっても、簡単な食事だ。若様だけきちんとしたもので、後はみんなパンと水だけだ。
この辺は小麦栽培が多いのでパンが多い。ほとんど米栽培は行われていない。パルゼ王国の人達が小麦栽培に慣れているので、米栽培になじみがない。米を食す習慣もほとんどないのだ。
そんな簡単な食事の後、鹿を見つけた。立派な角をつけた雄鹿だ。動物が好きなおっとりした若様でさえも、貴重な食料だと分かっているので、後はフォーリも入れて二十二人全員が、“飯だ!”という目線で、雄鹿を見つめた。
そう、ベブフフ・ラスーカは親衛隊の食料でさえも、着服して必要最低限からそれを下回る量しか送ってこないのだ。だから、自分達の食料でもある。
その二十二人の食欲のため、相当の殺気を感じたのだろう。雄鹿はすぐに逃げ始めた。こういう森の中では、森の子族が大活躍する。普通、狩りでは犬が活躍するものだが、若様は犬を飼うことなど禁じられているので、犬はない。
きっと、ラスーカはその辺も含めて、嫌がらせのつもりで狩りをしないといけないような、状況に追い込んでいるのだろう。しかし、森の子族達がいるのだ。彼らは犬のような働きをした。
まずは“動物使い”の異名を誇る、ロモルが軽く笛を吹いた。それだけで、鹿は立ち止まって振り返った。その間に、森の子族が投げ縄と単純に呼んでいる、両端に石の分銅がついた投げ縄をウィットが投げ飛ばす。動かないで突っ立っている鹿の脚に、見事に縄が絡んだ。
縄が絡んだことで、鹿は慌てて動き出そうとしたが、当然、動けずに転んで転倒した。
そして、弓矢が得意なフォーリとディルグ・アビングが弓を射る。だが、暴れて角を振り回し、狙いがはずれた。当たってはいるものの、致命傷にはなっていない。歩けない鹿が体をくねらせ、所構わず暴れて藪に突っ込んだ。
そこはシークの方が近いので、すぐに矢を射った。首と胸の間に刺さり、フォーリが他の隊員が持っていた竹槍を使って、急所にとどめを刺した。大きな歓声が上がる。肥汲み用の穴を掘った時に、開墾した所に生えていた竹を使っている。
「良かった、これで食える!」
大層直接的な感想を述べているのはウィットだ。
「そうだな、これで卵の半分待ちから解放される!」
ジラーも直接的な感想を述べた。卵は貴重なので、ゆで卵を毎日、半分ずつ順番に食べるようにしていた。一日に二個、一日に四人が食べる計算だ。
フォーリもほっとしている。天気が崩れそうだと心配していたので、心から安堵しただろう。その時、ウィットが空を飛ぶ鳩に目を向けた。狙おうとしたため、急いで制止をかける。
「待て、ウィット。鳥はしばらく禁止だと言っただろう。」
そう、狩りを始めた最初の頃、鳥ばかりを狙い、その辺の鳩や雉を取り尽くさないか、心配になったのである。釣りは当たり外れがあるし、一匹程度じゃ、みんなの腹を満たすには少ないが、鳥の方は取りやすかったのだ。
狩りが下手ならいいが、ウィットやロモルは上手いため、数が極端に減った。村人が『最近、鳥が少なくなったな』と呟いているのを通りかかった時に小耳に挟んだため、鳥を狩るのを禁じた。
「若様?」
フォーリの声が響いた。鹿が死んだのを確認した後のことである。
「若様、どちらにいらっしゃいますか?」
シークがウィットに注意している間に、フォーリは獲物を確かめていた。そして、振り返り、若様の姿がないことに気がついた。
「若様?若様!」
隊員達も顔を見合わせた。一斉に辺りを見回す。だが、若様の姿がなかった。
(しまった、一瞬の隙をつかれた!)
内心、シークは焦ったが、フォーリはもっと焦っている。そう、主がいないと極端に動揺するのがニピ族だ。予定外に姿がないと、一気に緊張が増す。
シークは深呼吸をして自分を落ち着かせ、自分も辺りを見回した。
どう見ても、若様の姿がない。若様はリタの森やサリカタ山脈を歩いていたことがあるので、以外に山歩きは上手なのだ。おっとりしているが、自然との調和はいいようだ。だから、うっかり転んだりすることは、以外にない。ましてや、道を間違えるということもなかった。
むしろ、道の違いをよく覚えている方だ。山や森は木が生えているので、慣れている人でも見間違えることがある。そういう中で、よく見極められるというものだ。シークの部下達よりもよくできるだろう。
その若様の姿がない。それは、何者かによって攫われた可能性を示している。
星河語
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