教訓、四十。地道な訓練が大切。 1
ある日、シークは若様に剣術を教えいていた。教材は自然にあるものを使う。今日の教材は……?
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
若様はここに来てから、落ち着いている時もあるが、逆に悪夢をみることも増えているようだった。
以前よりも悪夢をみる頻度が増し、突然、叫び出すことがたまにあった。しんと静まりかえった屋敷の中に、若様の悲鳴が響き渡り、夜中に聞くと少し怖さを感じるだろう。
そういうこともあって、村娘達を泊まりで仕事をさせていなかった。ただ、ジリナだけは遅くなって家に帰るのも大変な時があるため、以前、料理係の女性が使っていた部屋で、休んで貰うことにしていた。
ジリナは大変、肝の据わった女性で、死んだ人が使っていた部屋は嫌だとか言わなかった。実際にそこで死んだわけではなく、使った後、部屋は綺麗に掃除されていた。
そのジリナも、若様の悲鳴を聞いた時があった。みんな、最初は驚く。
だが、そういう事情があると知らない村娘達からは、泊まりで仕事をしたいという要望が出ていた。村の中は広いので、村の郊外の屋敷から帰っていくのは時間がかかるのだ。
仕事も途中で終わって帰らないといけない時もある。特に洗濯が問題だった。狩りに行くようになったため、洗濯物が増え、仕事が格段に増えてしまった。しかも、すぐに乾けばいいが、そうもいかない。
狩りや釣りだって毎日行っているわけではないのだ。数日おきだとはいえ、獲物が捕れなかった日は、続けて行くこともある。天候が崩れそうな日の前にも、そういうことはあった。
今日は狩りに行かず、屋敷にいる日だ。
シークは若様に剣を教えている。
「えい!えい!」
一生懸命、木刀を振っているが、いまいち中心がずれてしまう。そもそも重心も高い。
「ヴァドサ隊長、うまくできてる?」
「うまくできてないですね。木刀を振るたびに重心がずれています。それではだめです。頭が動いてしまっているので、それを直さないと。」
若様は首を傾げた。
「えー?どうやるの?よく分からない。」
シークは少し考え、ちょうどいい見本があることに気がついた。
「じゃあ、若様、ちょっとこっちに来てみましょうか。」
少し先の小さく囲った中に、鶏を放っていた。うろうろ歩いては草をついばんでいる。量は多くないが、その辺に生える雑草を片づけてくれる。
「鶏?」
若様が不思議そうにシークを見上げてきた。
「そうです。あれをよく観察して下さい。」
若様は言われた通りに、じっと鶏を観察する。
「……。」
眉間に皺を寄せて、一生懸命観察している。
「何か気づきましたか?」
若様は観察したまま、首を横に振った。
「分からない。好きな草と嫌いな草があるみたい。あと、地面を掘って石ころを蹴飛ばしてる。」
「そうですね。確かにそうですが、私が注目して欲しいのは、鶏の動きです。」
「動き?」
「そう。どんな風に歩いていますか?」
「きょろきょろしてるよ。」
「他には?」
「……他ー?うーん。」
シークはそこで、若様の見る視点の上に木刀を水平にして持った。鶏の頭上に木刀が横たわっているように見える。
「あ!」
若様が気がついたように声を上げた。
「歩くとき、ずっと頭が上に動いてない…!ずっと水平だよ!」
「そうです。正解。武術も同じです。頭が激しく上下しないようにします。」
「そうか、そういうことか。」
若様は目を輝かせてシークを見上げ、鶏を見つめ直した。
「分かった!やってみる…!」
若様は気合いを入れて木刀を構え、大きく振りかぶり、力が入りすぎて手から木刀がすっぽ抜けて、ひゅんと飛んでいくのを、空中でシークは捕らえた。
「あ、ごめんなさい。飛んで行っちゃった。」
シークは苦笑しながら、木刀を若様に手渡した。
「力が入りすぎです。おへその下に力を入れて、肩の力は抜く。はい、ほら、深呼吸して。もう一回。」
「はい。」
素直に返事をして、言われた通りに若様は行う。本当に素直で純粋な子だ。
「はい、もう一回深呼吸して、肩の力は抜いて、すっとぶら下がっているみたいに下ろす。」
「今度はうまくできた?」
「はい。できました。これを体に覚えさせるんです。」
「うん、分かった。」
若様はシークを見上げて大きく頷く。若様は一生懸命に練習に励む。
それを隊員達は眺めていた。
「おい、顔がにやけてんぞ。」
モナがトゥインに注意した。
「別にいいじゃないか。微笑ましい情景だから、みんな同じだろ。」
「いいや。違う。お前の場合、でれでれしてる。よだれまで垂れてるぞ。」
「!」
慌てて手の甲で拭こうとして、嘘だったことに気がつき、トゥインはモナを睨みつけた。
「嘘だろ。」
「うん。嘘。」
「こいつ…!」
トゥインはモナを蹴ろうとしたが、へらへらと躱される。
「くそ。」
「まあ、怒るなって。」
モナには何を言っても無駄なので、トゥインも怒るのをやめた。
「ま、お前に怒っても馬鹿らしいだけだ。」
「そうそう、そういうことで。」
「お前が言うなよ。」
トゥインはため息をついて、改めてその微笑ましい情景を眺めた。
「にしても。もし、王宮だったら、鶏で教えるなんてできないんじゃ。」
「だろうなー。」
トゥインにモナも同調した。
「王子を鶏と同列に扱うなんて…!とか、キィキィ言うおばさんなんかがいて、クビじゃ、なんて叫ぶ貴族もいそうだし。」
「だよなー。きっといるな。」
二人はうなずき合った。
星河語
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。




