教訓、三十八。足元から鳥が立つ。 5
グイニスは心のうちに溜めている不安をシークに告白した。
いつの日か、フォーリに死んでくれという日が来てしまうのではないのかという不安を。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
「他にはないか?」
まだ、あることは彼にはお見通しのようだ。グイニスはしばらく、フォーリのことを言う勇気が出なかった。でも、グイニスの沈黙は、まだ内に溜めたものがあることの証明でもあった。
「……あの…ね。…ふぉ…フォーリを…いつか、殺しそうで怖い。…いつか、私が……フォーリに…お前には、死んで貰うしかないって言って、そうしてしまうような気がする。
それが、すごく…とても怖い。いつも助けてくれるのに……フォーリのおかげで、生きられたのに…フォーリを殺してしまう日が来るって、そう思うと…とても怖いよ…!」
最後は悲鳴のようになってしまった。涙がぼろぼろと流れて、止まらない。ぎゅっと抱きしめてくれる腕の力が強くなった。頭に手が置かれて、ぽんぽんと撫でてくれる。
「……そうか。分かった。それは、フォーリには言えないな。辛かっただろう。」
「……うん。…フォーリが…心配して……どうしたのかなって…思ってくれているのが……分かるけど……。理由を……言えないから……ずっと…寝たふりをしてた……。」
シークはグイニスが落ち着くまで待ってくれた。落ち着いた所を見計らって、抱擁を解くとグイニスの両肩に手を置いて、視線を合わせてきた。
「グイニス。お前は優しくていい子だ。だから、余計に心を痛めるだろう。でも、いいか。ニピ族のフォーリには、私と一緒に死んでくれと言ってやって欲しい。」
思いがけない言葉で、グイニスはシークを見つめた。
「この任務につくまで、ニピ族と接したことはなかったが、フォーリと接している内に分かった。フォーリはそう言って貰えることを望んでいる。」
「……それは、どうして?」
「それだけ、主であるお前との絆が強いことの証明だからだ。ニピ族は全面的に、主に信じて貰いたいと願っている。フォーリもそうだ。お前に全面的に、信じて貰いたがっている。だから、怖がらずにそう言えるほど、信じてやってくれ。遠慮しなくていい。」
今まで遠慮しているつもりはなかった。でも、もしかしたら、そうなのかもしれない。
「お前はどこか、いつも遠慮している。確かに私達は親衛隊だし、陛下にも厳しくご注意を受けたから、そうせざるを得ない。表向きは、距離を取らないといけないだろう。
でも、フォーリは違う。フォーリには遠慮しなくていい。そして、いつか私と一緒に死んでくれ、と言えるくらいの器になれ。今すぐでなくていい。グイニス、お前ならできる。」
「……本当に?」
グイニスは自信がなくて、小さな声で聞き返した。
「できる。お前は優しいが、とても器の大きな子だ。心配いらない。前にも言ったはずだ。焦らなくていい。自分に合った速度で歩けばいいと。分かったな?」
グイニスは嬉しくなって涙が出てきた。
「……うん。」
「よし、いい子だ。」
そう言って、頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。
「…へへ。」
それが嬉しくて、思わず笑ってしまう。
「……もう大丈夫だな?」
シークとの二人だけの時間が終わってしまうのが嫌で、グイニスは首を振った。
「もうちょっとだけ。」
グイニスはシークに抱きついた。すると、シークが優しく頭をぽんぽんと撫でてくれた。それが、安心できて嬉しい。
フォーリはやっぱり、お兄さんだ。そして、シークはやっぱり、お父さんを感じる。シェリアはお母さんのことを少しだけ、感じさせてくれた。お祖父さんは、シークの叔父のエンスだ。シークの長兄のアレスは、親戚の叔父さんみたいだった。お姉さんもいたらいいけれど、考えないようにした。
しばらくそのままでいたら、シークがマントの中に入れてくれた。包み込まれて余計に気持ちよくなった。さらに、急に眠くなってくる。
「……―若様?」
遠くでシークの声が聞こえた気がするが、動きたくなかったし、返事もしたくなかった。そのままでいたら、ふわっと体が宙に浮いた。
そして、ゆっくり動き出した。抱きついたまま、居眠りを始めたグイニスを、シークが抱きかかえて歩き始めたのだ。
「隊長、どうしましたか?」
シークの部下達が来て、話す声が遠くに聞こえる。
「しーっ。夕べは寝れなくて、眠くなってしまったらしい。」
「はは、気持ちよさそうだ。」
「隊長、重くないですか?交代しましょうか?」
「まだ大丈夫だ。それに、交代したら目覚めてしまう。このまま、部屋に行く。」
こうして、彼らは部屋に引き上げて行った。
さて、その一部始終を見ていた者がいた。ジリナである。
「…あいたたた。」
鍋を持って、腰を叩きながら立ち上がる。親衛隊員達の食事を作っているが、料理に入れようと、雑草のように生えているハーブを取りに来たら、こういう展開になってしまった。
茂みと藪に遮られて、さすがのシークも気づかなかった。その上、ジリナは気配を消すのも上手かった。
若い頃、ベブフフ家の屋敷で働いていたことがあるのは、嘘ではなく事実であるが、さらに秘密があった。
領地の屋敷ではなく、サプリュの屋敷で働いていたのだ。その上、その前は王宮で侍女をしていた。しかも、仕えていたのはグイニスの母である、故リセーナ王妃だった。
なんという因果だろうと思っていたが、誰にも言わずに黙っていた。村人の誰一人、ジリナの正体を知らないのだ。かつて、ベブフフ家のお屋敷で働いたことがある、それだけを知っている。
ジリナはシークが若様を連れてきたことに焦ったが、仕方なくじっと潜んでいることにした。親衛隊の隊長が、護衛する王子と…しかも、王子の容姿が麗しいので、あらぬ噂を立てられるのに、二人っきりで何をするつもりだと、ジリナも最初はシークを疑った。
だが、聞こえてきた話に、ジリナは彼を疑ったことを申し訳なく思った。
久しく正義感などとは、無縁の生活を送ってきた。だが、二人の話を聞いているうちに、眠っていた正義感が、少しだけ目を覚まして頭を持ち上げてきた。
(……王妃様。あなたの仕業ですか?わたしの住んでいる村に、あなたの息子がやってくるなんて。)
心の中で、今は亡き王妃にジリナは尋ねた。絶世の美女だったリセーナに、息子のグイニス王子はそっくりだ。女の子に生まれたら良かっただろうに、なぜ、男の子に生まれてきてしまったのだろう。
『…あのね…前は怖くなかったのに、急に怖くなっちゃった。どうしてかな?』『それは、お前の心に血が通うようになったからだ。』
ふいに、二人の会話が頭の中によみがえった。少年の質問に、なんて答えるんだろうと思ったら、ふるった答えが返ってきて、内心、ジリナの胸も久しぶりに震えた。
あの親衛隊の隊長は、いい若者でいい男だ。こっそり、首だけ伸ばして藪の隙間からのぞき見た所、優しく王子を抱きしめてやっていた。
話が終わってからも、孤児の少年は彼に甘えていた。ジリナだって不憫に思う。ただの孤児でも生活は大変だが、いい人に引き取って貰えたら、それなりにいい人生を送れる。
サリカタ王国は他国に比べて、民の生活がかなりましだということは、ジリナは分かっていた。他国では頻繁に飢饉が起こるが、サリカタ王国でそれはない。飢饉は一部の地方で、二十年くらい前に起きたきりだ。
孤児の生活は大変だが、それでもサリカタ王国では施設が整っている。里親になる人々もいるし、商人が働き手として、引き取っていくこともある。ウムグ王と今の王になってから、かなり孤児の生活は改善した。
そういう中で、グイニス王子は気の毒だと思ってしまう。国民の孤児に対しては、優遇されるように計らったのに、身内の孤児に対して、一番ひどい仕打ちではないかと、ジリナは王に対して思う。
カルーラ王妃なんかは論外で、王妃になる資格も知性も品格もないと思う。
だが、王も多少なりは身内の孤児に対して、申し訳なさは持っているようだ。だから、あんなにいい男を親衛隊の隊長として、グイニス王子に与えたのだろう。
自分の護衛に鞍替えする王がいてもおかしくないほどだ。
(…もう十年、わたしが若かったら、唾をつけたのにねぇ。おしいことさね。なんとかして、唾をつけようか……。)
ジリナは引き攣れたような右頬に手を当てて、うっとり、ため息をついた。
(さてと。王妃様の息子の護衛なんだから、しっかりした物を食べさせないと。)
そんなことを考えて、雑草のように生えているハーブをあちこち巡って山のように摘むと、いそいそと戻って行ったのだった。
星河語
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