教訓、三十八。足元から鳥が立つ。 4
グイニスは毒見係の女性が亡くなって、ショックを受けて怖くなっていた。次の日も何をやるにも集中できず、剣の練習中に何度も木刀を取り落としてしまう。それを見かねたシークに、屋敷の裏に連れていかれ、心の内を吐き出すように促される。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
次の日はシークに剣術を習う日だった。いつもなら嬉しいのに、今日は体がとてつもなく重かった。夕べ、ほとんど眠れなかったからだ。
シークに剣術を習っている間、フォーリは料理にせいを出すらしい。
最初はいつものように、広いテラスで木刀を振って練習を始めたが、集中してできずに木刀を何度も取り落とした。
「―若様、若様?」
グイニスはようやくシークに呼ばれていると気づいて、はっとして顔を上げた。
「どうしましたか?」
何て答えたらいいのか分からなくて、グイニスはうつむいた。
「夕べは眠れませんでしたか?」
思わずシークの顔を見上げた。いきなり図星をさされて気まずくなり、結局グイニスは小さく頷いた。
「若様、手を見せて下さい。」
シークがしゃがんで言った。手を差し出した所で、ようやく右手の甲に青あざができていることに気がついた。シークが大きな固い手で、そっと青あざを撫でた。
「痛くないですか?」
本当なら痛いはずなのに、なぜかあまり痛みを感じなかった。
「……あんまり痛くない。」
シークがじっとグイニスの顔を観察しているのが分かって、グイニスは余計にうつむいた。
シークが立ち上がった。そして、部下達に少し離れて護衛するように言いつけると、グイニスの手を引いて歩き出した。
こうして歩いていると、本当の親子のような気がしてくる。彼は頼りがいがあって、初めて会った時から兄よりも父を感じた。叔父のボルピスに、厳しく慕うなと警告されたが、でも、こんな風にして貰いたかった。
グイニスはまだ、シークの胸くらいまでしか身長がない。最近、身長が伸び始めて、少しだけ彼と目線が近くなったが、それでも、まだ同じくらいになるには遠い。
そして、建物の裏手にやってくると、シークはグイニスと視線を合わせて体をかがめた。
「若様。いいですか。ここはほとんど使わない建物の裏手です。しかも、田舎で密偵もいないでしょう。部下達は離れた場所にいますし、大丈夫です。」
長い前置きだった。
「言いたいことは分かりますね?」
グイニスは大きく頷いた。シークは今、グイニスと王子と護衛の枠を越えて、親しく話をしようとしてくれている。誰もいないから、グイニスが抱えている本心を話していい。彼の黒い目が真剣にグイニスを見つめている。優しくて、あったかい目だ。
グイニスはそれだけで泣きそうになった。
「若様。言いたくなければ、全て話さなくたっていいんです。ただ、フォーリにも言えないことがあったら、それが、私に言えることなら、私に話して下さい。心の内に抱えたままでは、心の病気になってしまいます。いいですね?」
固いけれど温かい手が、グイニスの両手を包み込んでいる。とても安心できる。フォーリも安心できる。でも、フォーリとはまた違って、もっと大きい感じがする。フォーリはグイニスだけを見つめて大事にして守ってくれるし、フォーリだけは裏切らないと安心できる。
シークも裏切らないと安心できるのだが、やっぱり、どうしても“お父さん”という感じがしてしまうのだ。
グイニスが頷くと、その拍子に涙が落ちた。どうして、自分はこんなに泣き虫なんだろう。すぐに涙が出てきてしまう。
シークが動いた気配がした。両腕が背中に回って、しっかり抱きしめてくれていた。大きな手が、グイニスの背中をゆっくりさすってくれる。それだけで、心地よくて知らず緊張していた体の力が抜けた。
自分でも気づいていなかったが、昨日からずっと緊張していたのだ。体ががちがちに強ばっていた。
「大丈夫だ、グイニス。安心しろ。前に約束した通り、必ず守ってやる。」
耳元で言ってくれた。小さな声だったけれど、しっかり聞こえた。それが、嬉しくて安心できて、グイニスは涙を堪えられなくなって、シークの胸にしがみついて泣いた。
とても怖かった。特に親しかったわけではなかったが、毒味役の料理係の女性が毒に当たって亡くなり、悲しかった。恐怖に震えた。この田舎でも刺客の手が迫ってきていると思うと、とても怖かった。
なぜか、前はあんまり怖くなかった。それなのに、今は急に恐怖を感じた。前より感じるようになった。
一体、誰が、グイニスを殺すために送られている刺客なのだろう。もしかしたら、シークの部下の誰かがまた、裏切っているのかもしれない。それは、シーク自身が一番、分かっているはずだ。それでも、こうして守ると約束してくれる。
グイニスには分かっている。もし、万が一、彼の部下が裏切っていた場合、彼はグイニスを選んで守ってくれると。たとえ、彼の部下全員が裏切っていて、彼一人だけになったとしても守ってくれると分かっている。
「何か話したいことはないか?」
シークはグイニスが何か心に溜めていることが分かっている。
「……。…あの…あのね…前はあんまり怖くなかったのに、今は怖くなっちゃった。前は刺客が来たと分かっていても、怖くなかった。でも、今はすごく怖い。震えるほど怖い。……どうしてかな?」
質問されてからしばらくして、ようやく声を出せるようになってから、グイニスは答えた。こんなにとろくても、鈍くさくても、シークは黙って待ってくれていた。
「それは、お前の心に血が通うようになったからだ。前は、いろんなことがあって、心に血が通ってなかった。今は心に血が通うようになったから、とても怖くなった。
それは、お前の心が、正常になってきたということだ。だから、心配しなくていい。それが普通だ。怖くて当たり前だ。命を狙われるのは、誰だって怖い。私だって怖い。怖くない人はいない。」
それが普通だと言われて、グイニスはほっとした。おかしいと言われなかった。シークでさえ怖いと言うのだから、きっと大丈夫なんだと思う。
星河語
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