教訓、三十八。足下から鳥が立つ。 2
ベリー医師は、シークに料理係の女性が死んで、若様が過敏に反応した理由を説明する。そして、王命に逆らうようなことを言い出した。つまり、若様を身内としての輪に入れてやって欲しいということだった。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、また、ラブ史劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
「……先生、どうしたんですか?」
シークが尋ねると、ベリー医師は腕を組んで考え込んだ。
「あのね、若様のことだけど。若様が自分が死んでも誰も悲しまないって、言ったって話。急に精神が不安定になったな、と思ったけど、たぶん、ヴァドサ隊長の従弟が亡くなっているから、そのことが頭の中にあったんだと思う。
若様には身近に身内がいない。側には親切にしてくれる、赤の他人ばかりだ。だから、急に自分が死んだ時、側にいて悲しんでくれる身内がいないと思って、不安になったんだと思う。」
シークは胸が締め付けられる気がした。まだ、十五歳になったばかりの少年が、気にして悲しむべきことではない。十四歳で夭逝した妹のパレンのことが頭をよぎった。
「君なら、以前話してくれた、早くに亡くなった妹さんのことがあるだろう。きっと、若様の気持ちに少しは寄り添えると思う。」
「…先生。若様が不憫です。」
「うん。君ならそう言うと思った。」
ベリー医師はまっすぐにシークを見つめた。
「君にお願いがあるんだよ。私は若様には、ヴァドサ隊長とは少し距離を保って接するように、言い聞かせている。陛下もそういうことを言われたから、若様もそうするおつもりだろう。
でも、君にはそれを無視して接してやって欲しい。フォーリだけじゃ足りない。フォーリは特別な護衛だから。若様も分かっている。だから、心強くはあっても、家族のようなものとは、やはり少し違う。
先日、君の叔父さん達が来ていただろう。あれで、若様はお祖父さんや父親と同じような、年齢の人達と接することができた。本当は、女性のそういう人達とも接することができたら、いいんだろうけど、そうもいかないから。唯一いた女性が料理係の彼女だったけど、亡くなってしまった。
若様は君の叔父さんに懐いて、お祖父ちゃんに可愛がってもらうみたいに、可愛がってもらっていた。それが嬉しかったみたいだ。」
「…まあ、実際にお祖父ちゃんですから。孫が一人増えた感じでしょう。兄上も十六歳の娘がいるんですから、息子のような感じですし。」
シークが答えるとベリー医師は頷いた。
「でも、君との関係を見て、少し悲しそうな表情もしていた。所詮、自分は赤の他人だと思って、その輪に入れないことが、悲しかったんだと思う。」
とても可哀想だ。確かに世の中には大勢の孤児がいる。その一人だけを特別視するのは変かもしれないが、関わりのできた若様に対して無視できない。
「分かりました。輪に入れます。」
ベリー医師はほっとしたように頷いた。
「うん、そうしてやって。陛下にいたく脅されたから、普通だったら嫌だと言うと思うけど、君ならそう言うと分かっていたさ。」
ベリー医師の言葉にシークは苦笑した。苦笑したついでに、もう一つ話す。
「ついでに、フォーリも入れます。」
「フォーリは無理だろう。っていうか、ちょっと厳しくない?」
さすがのベリー医師も考え込んだ。シークは開き直った。
「いいんです、父親面でも兄貴面でも何でもいいから、入れるんです。入れておかないと、若様が妙な遠慮を発揮するかもしれないですから。」
すると、ベリー医師が吹き出した。
「ああ、言えてる。確かにそうだ。まあ、大変だろうけど…!ははは…!」
涙を拭いて笑い、シークに言う。
「時々、真面目さを越えて、凄い発言するね、君は。ああ、おかしいな。」
そう言った後、ふと真面目な表情に戻る。
「でも、ありがたい。本当に。主治医として感謝します。」
ベリー医師が妙に改まって言うので、シークは面食らった。
「……先生、どうしたんですか?」
「どうもこうも。たまには丁寧に言っておかないと、ごますりもできないから。」
ごますりって…今のごますったつもりだったのだろうか…?シークは思ったが、ベリー医師らしかった。
「まあ、ここでは前の屋敷より、雑用が多くて大変だろうけど、よろしく頼むよ。ヴァドサ隊長の経験が大いに生かされる場所のようだ。それじゃ、おやすみ。」
「おやすみなさい。先生も働き過ぎないで、しっかり休める時に休んだ方がいいですよ。私が見る時は、いつも何かしていますから。」
ベリー医師には、これくらい言ったって平気だ。
「ああ、分かった、分かった。寝るよ。医者の不養生をするなという苦言だろう。」
必ず何か言い返してくる。ベリー医師は片手を振って、部屋に戻っていった。
シークも今日はもう布団に入ることにした。横になって考えた。
若様の姉姫であるリイカ姫は、遠い北方の戦地に行ったきりだ。突然、自分が死んだ時、側で悲しんでくれる身内がいなくて、とても心細い気持ちが分かる気がした。
叔父のエンスと長兄のアレスが来てくれたことによって、かえってシークは、身内が側にいてくれる心強さを感じた。
おそらく、若様は敏感にそのことを感じ取ったのだ。若様が村に来て、可愛い村だとはしゃいだ様子だったのは、心細さを紛らわせるためだったのかもしれない。
若様はどれくらい、自分に対して心を開いてくれているのだろう。ふと、シークはそんなことを思った。
本当に苦しい時、身近だと返って言いづらいこともある。少し離れていて、でも冷静に意見を言ってあげられる、そんな指針のような存在がいいのだろうか。
王に厳しく、慕うな、と警告された若様にしてみれば、以前のようにシークに甘えることは難しいだろう。それでも、甘えてきたら受け止めてやるつもりだ。
しかし、当面は指針の方向だろう。それしかないな、とシークは結論を出した。若様に方向を示してやれる存在。難しいが、しかも、シークの判断が正しいのか分からないが、若様の手助けになれる存在になろうとシークは決心した。
明日は若様と話をしないとな、そんなことを思いながらシークは眠りについたのだった。
星河語
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