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教訓、七。権の前に、剣は役に立たず。 3

 通称大街道、パーセ大街道は大変便利な道路でこの国の経済を支えている大動脈と言っていい。この街道ができる前までは、首府サプリュからかつての首府である古都のティールまで馬でも三日半ほどかかった。


 だが、今は大急ぎで走れば、一日半もかかるかかからないかである。今でもかつての街道は残っているが、圧倒的にこの便利な大街道を使う方が多い。今ではかつての街道はのんびり風情を楽しみたい人が通る道であり、事情で回り道をしたい人しか使わない道路になっている。


 そして、シーク達が護衛する若様の一行は、強行軍で進めないので到着するのに、ティールに到着するまでにザムとパムの街を経て、二日半近くかかった。

 事前に連絡が行っていたのか、旅館の者達が大勢前に出てかしこまって立っていた。若様が馬車から降りると、一瞬(いっしゅん)、静まりかえり、それから、一斉に唱和した。


「ようこそ、おいで下さいました、セルゲス公殿下。」


 どれだけ王妃が反対しても、若様が王子だということは取り消せないし、ティール辺りでは余計に殿下と呼ぶなという通達は無視されていた。

 王妃カルーラが、若様をセルゲス公に任じるに辺り、セルゲス公にするなら殿下と呼ばせるなという無茶苦茶な要求をして、王は仕方なく王妃の要求を受け入れたが、公には通達を出していない。ただ、(うわさ)として流れてはいた。


 若様は護衛のフォーリにつかまり、シーク達が護衛する中を静かに進んだ。後ろからはシェリアとバムスが歩いてくる。八大貴族の二人が一緒にいるのと、若様の年齢より幼くみえる行動に、旅館の使用人達の視線が困惑していた。旅館の主が(うやうや)しく一礼した。


「ようこそ、おいで下さいました。」


 さすがに主は、何事もないように平然として挨拶をする。


「……面を上げよ。」


 小さな声で若様は許可を出した。


「かたじけのうございます。」


 (あるじ)はのりがついた服みたいに、折り目正しく動く。


「さぞやお疲れのことでしょう。ごゆっくりとお休み下さい。まずはお食事になさいますか?」

「お待ちを。まずは部屋に案内して下さい。診察致しますので。」


 ベリー医師が少し青ざめた顔色の若様を見て、申し出た。ほの暗い明かりの元であるとはいえ、ベリー医師には分かっていたのだろう。


「できれば、食事は部屋に運んで頂けますか?消化の良い食事はあるでしょうか?豪勢(ごうせい)な食事はいりません。お(かゆ)や野菜の汁物など、そういう食事がいいのです。」


 旅館の主はいささか(おどろ)いた様子だったが、名目上、若様は療養(りょうよう)に向かうことになっている。実際に療養は必要だ。医師の話に旅館の主は、王と王妃の言いがかりではなく、本当に王子が病気がちなのだと理解したようだった。


「分かりました。ただ、お粥は他のお客様の残り物になってしまいますが、作り直しますか?そうなると、時間がかかりますが…。」


 旅館の主が申し出たのには、理由があった。もう遅くなっている時間であり、一からお粥を作り直すと夜寝る時間に押してしまうからだった。


「残り物で構いません。他の料理についても同じです。医師の指導に従って下さい。」


 護衛のフォーリが付け加える。


「はい、かしこまりました。…それで、他のお二方は…。」


 旅館の主の視線を受けて、シェリアもバムスもにっこり微笑んだ。年齢不詳の二人が、貴婦人と貴公子のお手本のような(うるわ)しい笑みを浮かべるので、その場にいた人達は、客も含めて親衛隊と馬車で一緒の一行以外は、みんなみとれた。

 大体若様の笑みに比べたら安全だった。国王軍の面々は若様で美しい顔の免疫ができつつあったので、あんまりバムスとシェリアの美しさに気を取られなかった。


「わたくしもそんなに豪勢な食事はいりませんわ。疲れておりますの。」

「私もです。食事についても事前にお伝えしておけば良かったですね。毎日、贅沢(ぜいたく)な食事をしているわけではありませんから。」


 実際にシークは聞いたことがあった。堅実な大貴族ほど、贅沢はしないで粗食をしていることが多いと。それでも、一般庶民からしたら少しだけ贅沢だが。たとえば、毎日、卵を食べられるとか。

 旅館の主は少し困っているのか、目尻が下がっていた。


「もしかして、料理を準備してありましたか?」


 バムスが尋ねると旅館の主は頷いた。


「はい。お待たせしてはいけないと思い、様々な料理を準備致しておりました。殿下のお好みも分からなかったものですから。殿下のお好みに合うものだけはすぐにお持ち致します。」

「では、私達もその中から必要な分だけ頂きましょう。シェリア殿、構いませんか?」

「ええ。構いませんわ。」

「残りは親衛隊に振る舞って下さい。」


 旅館の主はびっくりしている。


「…それでよろしいので?」


「ええ。国王軍の中でも、彼らは殿下の護衛を陛下からじきじきに命を賜っている、親衛隊です。殿下がお召し上がりにならなかった物を頂戴(ちょうだい)しても、彼らなら不敬になりません。二十名おります。十分に片付くはずです。」


「…ですが、実は親衛隊の方々用には、別にご用意致しておりまして。」

「それにつきましては、私達の兵や使用人達に分けて頂けると助かります。」

「それでよろしいのであれば、我々も大変助かります。ありがとうございます。」


 気が利くためか、シェリアよりもバムスの方が礼を言われている。シェリアも黙ってバムスに任せていた。下手にしゃしゃり出ず、やって貰った方が効率がいいということなのだろう。


 そういうやり取りがあってから、若様は部屋に案内された。シークは班に分けて部屋の前や廊下などの護衛に当たる。外側はバムスが自分の配下の者にさせると申し出たので、任せることにした。これまでの経緯から見ても、彼が何か若様に危害を加えるというか、そういうことはしないだろうと考えてのことだ。


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