事件の裏で、狐と狸が化かしあう。 11
バムスはサグに、黒帽子の男を殺さないように指示します。せっかく、自分を囮にして捕まえたのだから……。拷問はされても殺されはしない、という計算があったのでした。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
「サグ…!私が……あの男を釣った。せっかく釣ったのに、逃すわけにはいかない。」
その場にいた者は、全員、聞き違いかと思った。“釣った”?
「……だ…旦那様……もしや。まさか、自らを囮になさったと?」
「そうだ。そうなるように誘導した。今日、こんな形でくるとは思わなかった。……でも、動きやすくなるように、兵の数を減らし……ガーディとヌイをできるだけ、外に出しておいた。
……その前に、怪しげな者を雇ったのも、きっと黒帽子の手の者だと思ったからだ。だから……サグ……耐えて欲しい。」
サグはようやく頷いた。「分かりました。」と苦しそうに声を絞り出す。
「なるほど。実に上手く入り込めたと思った。さすが、バムス・レルスリ。我々を誘導していたとは。賢い男だ。」
「……罠にかけるのが、自分達だけの専売特許だと思ったのか?」
バムスは苦しそうにしながら、男に返した。男はくくく、と喉を鳴らして笑う。
「いいや。さっきまで喘いでいたのが、嘘のようだな。しかも、なかなか骨がある。
本当は発狂したくなるほど、薬の作用でおかしくなっているはずだ。まだ、理性を保っているとは。あの拷問に耐え抜き、結局助けが来てしまったのだからお前の勝ちだ。私達の負けを認めよう。
だが、これで終わりではない。そろそろ、知らせが来るはずだ。この屋敷のあちこちで火事が起き、幾人かの使用人は助からないだろう。色々と計算外が生じたな。こんなに計算を狂わされたことがない。」
男は言って舌を噛んで自害しようとしたが、その動きに気づいたビレスが直前に気絶させた。仮面が床に落ちて転がった。普通の顔の男だ。ヴァドサ家で捕らえた男とは違う男だった。ギークが急いで猿ぐつわを噛ませる。
それを見届けた途端、バムスがぐったりして目を瞑った。
「旦那様、旦那様!ああ、どうしよう!早く医者に診せに行かねば!」
サグが叫び、急いで布団ごと抱きかかえようとした。
「待ちなさい。それではいけません。布団が取れたら丸見えになってしまいますし、体が冷えます。」
ケイレが急いで制止した。部屋の入り口に向かい、使用人達に尋ねる。
「どなたか、衣装箪笥がどこにあるかご存じですか?」
「わたしが。」
金槌を持っていた侍女の一人が手を上げた。剥いだ壁紙の一部が頭についている。
「こちらです。」
ケイレは案内された衣装部屋から、毛皮のマントを二枚出した。
「これを前と後ろからかけて。」
ケイレはサグに手伝わせて、先に床に落ちていたガウンをバムスに着せ、さらに前後からマントを着せた。その時に、出血があるのを発見し二人は息を呑んだが、何も言わずにそっとバムスを動かす。
そして、これまた床に落ちていた靴下もはかせた。その上で布団にくるむ。
「……だんなさま、びょうき?どうしただ?」
おとなしくしていたミローが尋ねた。
「旦那様は病気になった。だから、今から医者に連れて行かないと。」
イーグがミローに説明していた時だった。
パアン!と突然、何かが爆ぜるような音がした。それと同時にどこかから、煙の匂いが漂ってきた。
「一体、何だ?」
「見てくる…!」
使用人のうち二人が走って行った。さっき、男が言っていた通りだ。火事になるように手を回していたのだろう。
「…た…大変だ!」
一人が血相を変えて戻って来た。
「俺達以外、屋敷にいたやつは死んだかも……!」
「!」
その知らせを聞いて、みんな絶句した。
「そんな!騒ぎに気づかないで、部屋で休んでた奴は死んだってのか…!?」
「確認はしてない、でも、もう火が回って近づけない…!下の応接間も燃えてる!さっきの音は、応接間の何かがはじけた音だったらしい…!」
「先に妻子持ちを帰しておいて正解だったな。」
イールクが苦々しく言った。
「本当に……家族がいる人は全員、帰ったのか?」
意識を失ったかと思ったバムスの声がして、みんなびっくりして振り返った。
「旦那様…!えーと、そうです。戻ってきていない限りは、私が把握している時点でそうしています。何者かが襲撃してきた後、これはヤバいと思ったので、先に妻子持ちを帰しました。
襲撃に気づかず部屋で休んでいた者もいるはずです。ただ、襲撃を受けた際、執事のグフェアさんと副のバエルさん、それと侍女頭のティーマさんが怪我をしました。それで、別室にいて貰い、カートン家に行って医者を呼びに行ったんです。国王軍にも知らせに走らせました。」
「…そうか。おそらく、三人はもう死んでいる。もし、三人のうちの誰かが生きていた場合、その人物が黒帽子の密偵だろう。その三人のうちの誰かが手引きしたはず。」
その時、バムスは苦しそうに息を繰り返して、体を小さく丸めて身もだえた。
「……サグ。短刀を貸してくれ…!早く!」
サグは驚いていたが、言われた通りに短刀を抜いて差し出した。バムスはそれを取ると、左手の甲に斬りつけた。
「旦那様!」
「……心配ない。正気を失わないようにするためだ……。つまり、ここに残っているのは、計算上、十三人だな?」
「…はい、そうです、旦那様。」
イールクはびっくりしながら答えた。使用人の数を全て把握していることに、今さらながら驚いていた。しかも、変な薬を飲まされて、さんざん妙な拷問を受けた後だというのに。そのバムスの額には玉のような汗が浮かんでいる。
「時間がない…。みんな、私がこれから言うことを聞いて欲しい。誰か、亡くなった者の内、男性三人分の遺体をここに運んで欲しい。」
バムスの言葉にみんなはびっくりしたが、さすがは訳ありの使用人達である。すぐにその場にいたほとんど全員が動いて走り出した。
星河語
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