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教訓、七。権の前に、剣は役に立たず。 1

 馬車は大変豪華(ごうか)な馬車だった。見た目は意外に派手ではない。だが、内装に(ぜい)を尽くしている。まず、乗合馬車並みに大きい。乗合馬車は十人から十二人乗れる。それくらいの広さがある客室内に、ゆったりした豪華な長椅子のような座席が横向きの縦列で三列配置されている。

 その座席には、ノンプディ家の領地で作られる特産品の、アリモ織りという生地で立体的な模様を織りなす布をふんだんに使われていた。


 壁はキルティング加工の布を張ってあり、その材質は絹だ。香を()きしめてあって良い香りが車内には漂っている。一番前と後ろの角にはランプを据え置く台がついていて、揺れても倒れないようになっている。座席の下は荷物を入れられるようになっている上、小机もしまわれていて簡単に組み立てて置けるようになっていた。


 一番前の座席には若様とフォーリ、真ん中の席にはベリー医師となぜかシークが呼ばれて座らされた。

 隊に指示を出さなくてはならないと伝えても、それくらい副隊長ができる仕事だと言われた。フォーリとベリー医師に助けを求めたが、二人とも仕方ないんじゃないか、お前も一緒に八大貴族の二人がいて緊張する空気の苦労を分かち合え、みたいな雰囲気で無視された。逃げ道がなくて乗らざるを得ず、慌ててベイルに隊を頼み、馬の扱いが巧みな隊員に馬を頼んだ。


 そして、一番後ろにシェリアとバムスが座っている。


 最初はなぜ呼ばれたのか理解できなかったが、座ってみて理解した。馬車は大きいので乗降する扉も大きい。刺客などが現れた時、シークがいて戦闘した方が若様を守りやすい。だから、真ん中に座らされたのだ。後ろは脱出しにくい。それで若様が一番前なのだ。


 それでも緊張する。場違いな所にいるような気がする。そんな中で一番自分らしく行動しているのは、きっとベリー医師だろう。

 彼は薬箱を二つ運び込んだ。さらに毛布も二枚ほど持ってきた。水筒やら何やら入ったかごもあって大荷物だった。


「ああ、これは便利ですね。」


 と言いながら、しっかり座席の下に荷物を押し込んだ。全く遠慮していない。そして、車内をくんくんして言い放った。


「この香も合格ですね。若様の体調にも影響しないでしょう。」


 ちなみに若様がバムスから(もら)った物は、別の馬車に乗せられている。

 ベリー医師は、みんなが馬車に乗る前に若様を馬車内で着替えさせた。簡単な旅用の服にして、みんなが乗り込むと最初から若様の靴を脱がせて寝せた。


 若様はきちんとしないといけないと思ったのだろう。最初は貴族の二人がいるからと抵抗していたが、シェリアが若様が寝られるようにこのような馬車を用意したと言ったので、ようやく言うことを聞いてフォーリの膝にクッションを置いて横になった。


「まあ、まだ小さいから座席に納まって良かったですわ。」


 シェリアがほっとしたように感想を述べた。ベリー医師は持ってきた毛布を若様にかける。ゆっくり馬車が進み始めて振動が心地よかったのか、若様はじきに眠ったようだった。




「それにしてもバムス様、セルゲス公殿下には随分(ずいぶん)、優しくなさるのね。」


 若様が寝入ってからまもなく、聞きたくなくても、後ろの存在感のある二人の会話が聞こえてきた。


「そうですか?そんなつもりはありませんでしたが。私はその人の人柄に応じて応対しているだけですよ。」

「…まあ。そうですの?いつもそう仰いますけど、わたくしはそんなに単刀直入なのかしら?バムス様はわたくしとお話なさる時、いつも飾りませんわね。」


 バムスが笑った。


「確かにシェリア殿と話をする時は気が楽です。余計な気を使わずに済みます。」

「まあ、それは褒め言葉ですの?」

「ええ、もちろん。シェリア殿は聡明な方ですから、私の説明が足りずともすぐに理解して下さるので。」


 シェリアは扇でゆったりと口元を隠しながら、鷹揚(おうよう)に笑った。


「ほほほ、まあ、バムス様、わたくしに随分お世辞を仰るのね。」

「お世辞ではありませんよ。それに、実際の所、シェリア殿の機嫌を損ねたら、この馬車から放り出されるかもしれません。それは困りますから。」

「仮にそうなっても、バムス様の馬車が後ろに控えておりますわよ。」

「ええ、ですが私は警備上の問題として、殿下とご一緒させて頂くことになっているのに、ばらばらではいざという時に問題が生じるかもしれません。」


 シェリアの目が細くなる。


「確かにバムス様がご一緒なら、自然と護衛のニピ族もくっついて来ますわね。ニピ族が二人と一人では戦力が全然違いますもの。」


 バムスがふふ、と笑う。


「ほら、私が言った通りでしょう?」


 シェリアはえ?と首を(かし)げる。


「私が説明しなくても、すぐに理解されると。まさしくそうではありませんか。」


 シェリアは一瞬(いっしゅん)、言葉に詰まり、それから笑った。


「…まあ、それでは、その褒め言葉はとりあえず受けておきますわ。」


 バムス・レルスリが八大貴族の筆頭だとすれば、シェリア・ノンプディは紅二点の美しい“ただの女領主”という訳ではなかった。

 シェリアは美しいが、十五、六年ほど前に夫を毒殺したという(うわさ)が流れた。さらに、義父の後妻とその子供も殺したという噂も流れた。彼女は否定も肯定もせずにその噂を放置したので、それらの疑惑は本当なのではないかと(ささや)かれている。


 十五年ほども領地をしっかり治めてきたのだ。その上、産業も振興させている。前王のウムグ王の時代、ボルピス王は宰相として腕をふるっていたが、そのボルピス王が王位に就く時、声をかけた一人である。ウムグ王は賢王と称えられたが、賢王でいられたのは、弟の宰相の腕が確かだったからとも言えるのだ。そのボルピス王が一目置いているのだから、政の手腕は確かだろう。


 実際、八大貴族の中でバムスの次の実力者に、アジアス・ナルグダと並んで称されるほどだ。

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