事件の裏で、狐と狸が化かし合う。 1
バムスが死んだ、もしくは行方不明になった事件当日のこと。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
その日、朝から王宮より連絡が入り、王の呼び出しがかかった。明日、来るようにということで、バムスは準備をし、いつもより早い時間に入浴を済ませ、髪を乾かした。
もう来客の予定もないので、ガウンの上に上着を着、湯冷めして風邪を引くとサミアスがうるさいので、毛皮がついたマントまで着込み、足下も毛織りの靴下をはいて内履きを履いていた。
夕食も済ませ、さらに書斎で明日のために王に報告する書類などをまとめていた。
すると、一旦、帰ったはずのミローがやってきたのだ。彼らピド族は体が大きく、彼らに合ったゆっくり休める家はそう見つからない。たまたまレルスリ家の近くに、庭付きの少し大きな家が売られていた。
実はその家、バムスが子供の頃にピド族が住んでいたのだが、職場である国王軍から遠いので、職場の近くに家を建てて引っ越していった。それ以来、空き家だった。その家を買い取り、修復して彼らを住まわせていた。
「どうしたんでしょう。ミローの様子が変です。」
ミローはヴァドサ家の子息達に相手をして貰うことによって、落ち着きを取り戻していた。どうやら、遠慮無くやり合える相手に不足していたせいで、運動不足も含め、欲求不満になっていたらしい。
当然、ヴァドサ家の子息達は、お話相手に来るわけではない。鍛えにやってきているのだ。走ったり、跳んだり、筋力を鍛えたり、厳しく指導されてミローは変わってきた。ヴァドサ家の子息達は厳しいが、よくできた時は大いに褒めるので、それが嬉しくて頑張っているようだ。
しかも、ミローがお馬に乗るのが夢だと言ったので、お前が乗れる馬はないと言いつつも、一応、軍で調べていた。
ミローは残念がったが、馬に乗れなくても十分に走れるから、ピド族は戦士として有名なのだと教え、馬に乗るということに執着しないように上手く諭した。
落ち着いているのを見て、引き取るはずだったカートン家の医者は、しばらく様子を見るようにエッタに勧め、エッタも了承した。
そんなミローがおかしいというので、バムスは気になった。
「書斎に通しなさい。エッタさんに何かあったのかもしれない。」
サミアスは頷いて、ミローを書斎に通した。確かにミローはいつもと様子が違った。うつむいて、しかも母のエッタが自分で作った襟巻きを使い、頬被りをしている。
もう夜だった。部屋の中は必要最低限の灯りしかつけていない。人を雇う分、倹約もしていた。レルスリ家では、無駄に何かを使うことはなかった。
薄暗い部屋の中、バムスが仕事をする手元だけはランプが灯って明るい。
「どうした、ミロー。エッタさんに何かあったのか?」
ミローは書斎の床に座っている。
「……。」
机に座ったまま尋ねるが、返事がなかった。
「ミロー、お前、熱いのか?どうして、そんなに汗をかいている?」
側にいるサミアスが聞いた。バムスは気になって立ち上がり、ミローの側に寄った。確かに汗を大量にかいている。その上、息も上がっているようだ。風邪でも引いたのだろうか。喉も渇いているかもしれない。
「サミアス、水を持ってきてやりなさい。もしかしたら、風邪でも引いたのかもしれない。」
サミアスは一瞬、躊躇したものの、水を取りに部屋を出て行った。
「ミロー、どうした?サミアスは今いない。人に聞かれたくないことがあるなら、今のうちに言いなさい。」
「……。」
ミローはうつむいたままだ。
「ミロー?」
顔を覗き込もうとした時だった。
さすがのバムスも、何が起きて、起こっているのか、すぐには理解できなかった。
ドンッという衝撃と共に、床に頭と体を強く打ちつけられた。もし、厚い絨毯が敷かれていなかったら、無事では済まなかっただろう。目の前に火花が散り、一瞬、目の前が真っ黒になった気がした。
直後に激しい圧迫感を感じ、気がつけば抱きしめられていた。
自分は今、ミローに押し倒されて、襲われている。その事実を理解するまでに、少し時間がかった。悲しみで胸が一杯になると同時に、意識が遠のき始めた。強く圧迫されている上に、息が出来ない。
「旦那様、何事ですか!?…な、何をしている!!」
物音に走って戻ってきたサミアスは、驚愕の現場を目撃し、慌ててミローの腕に手をかけ、バムスを引き離そうとした。だが、ミローは腕を振り回した。サミアスの腹にまともに腕が入り、後ろに吹っ飛んだ。
ドガッと音がして、サミアスは机に叩きつけられた。そのおかげでバムスは息ができるようになって、窒息は免れた。咳き込みながら上を見上げ、バムスははっとした。
「……お前は、誰だ?」
バムスの声にサミアスの方を見ていたミローのはずの男が、バムスに視線を戻した。ピド族は毛深い人が多い。髭でなくても体毛が濃いので、産毛でもモシャモシャになるのだ。
それでも、ミローの目は優しい。その目が違う。凶悪な目をしている。いつも、時間のある時は間近で字を教えていたから分かった。ミローではない。別の誰かが、ミローに成り代わっている。体毛が濃く、顔の見分けがつきにくい上に頬被りをし、薄暗いのを利用しているのだ。
エッタとミローはどうなったのだろう。バムスは二人のことが心配になった。ミローの服を着ているのだ。家に行って奪ってきたのだろう。そうでないとエッタの襟巻きも奪えない。二人の身に起きた惨劇が想像されて、バムスは胸が詰まった。
少しの間、その男がバムスに視線を戻している間に、サミアスがミローのフリをしている男に襲いかかった。バムスの一言でミローではないと判断し、迷いなく鉄扇を打ち込んでいく。
さすがにピド族のミローのフリをしている男は、バムスに馬乗りになったままでは、反撃できなくなった。だが、バムスを放そうとしない。両足の上に大きな体が乗ったままだ。足が痺れて感覚がなくなっていた。
「旦那様から、離れろ!!!」
最近になくサミアスが激昂している。しばらく前にヴァドサ家の子息達のピド族の倒し方を見ていたので、その分、有利に働いた。彼らの柔術技の真似をして、立ち上がりかけた所を狙う。
ドスン、と後ろに尻餅をついた。その隙に素早く、サミアスはバムスを引きずって、男から遠い寝室側に隔離する。
「旦那様、お怪我を?」
「馬乗りにされて、両足が痺れただけだ。」
ピド族の男が腕を振り回してきた。サミアスは素早く鉄扇で応戦する。このままでは、サミアスの足手まといになる。バムスは寝室の方に逃げ、立てこもることを考えた。廊下に出ることも考えたが、そのためには戦っている中を通らなくてはならない。
足が痺れている時に無理はできない。それよりも、寝室の方が早い。這って寝室の方に向かう。
「旦那様!」
男が這っているバムスに文鎮を投げつけたのだ。サミアスがギリギリでバムスの前に滑り込む。鉄扇で防御することができなかった。
ゴツッという鈍い音がして、サミアスの額に当たった。直後にサミアスの額から血が流れて、顔に伝う。
「旦那様、ご無事で?」
「私は…危ない!」
私は大丈夫だ、と言う前に新たな危険が迫った。足が痺れているせいで、素早く動けない。しかも、今はガーディもヌイも用事で外に出していた。
「!」
サミアスの目の前に男の拳が迫った。サミアスは鉄扇で防御する。だが、その意味はほとんどなかった。
サミアスの体が宙を飛んだ。ドンッという音と共に床に激突した。さすがのニピ族もすぐには動けない。男はそのサミアスの足を掴むと、砂袋でも投げるようにしてサミアスの体を投げた。
「サミアス!」
思わずバムスは叫んだ。
ガッシャーーンという激しい音と共に、サミアスの体が夜の暗がりに吸い込まれるように、破れた窓から落ちていく。
バムスはサミアスが地面に叩きつけられる音がするのを覚悟した。ここは二階だ。ニピ族は二階から出入りするのが得意だが、投げられた場合は違う。
ドサッ、バキボキボキという音の後にドンッという音がしたので、庭木に当たってから落ちたようだ。そこに一縷の望みを託し、生きていることを願う。
星河語
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