教訓、三十四。樹静かならんと欲すれども風やまず。 8
謎の組織『黒帽子』と思われる男は、バムスが死んだという。だが、その話を聞いて、シークは怒りに震えた。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、また、ラブ史劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
シークは怒りで全身が震えた。バムスはシークの命の恩人だ。シークだけではない。シークの隊二十名全員の命の恩人だ。
しかも、何度も何度も助けて貰った。静かにすっと重大な局面で差し出される手に、シークは何度掴まったか分からない。何度も助けて貰った。従兄弟達がねつ造した事件に始まり、大街道での事件、数えればきりがない。シークが毒を盛られた時は、すぐにニピ族達をシークの使用人のように仕えさせてくれて、そのおかげで助かった。
そのバムスを殺した。何度も助けて貰ったのに、恩を返す時すらなかったのか。セグの時は悲しみが勝ったが、バムスの話を聞いた今は、ぐつぐつと腹の底から怒りが沸きあがってきた。立て続けに大切な人を手にかけてくる。この組織は一体、何なのか。
「……つまり、貴様が手を回して、そうなるように仕向けたと言うことか?」
男は興味深げにシークの方を見た。
「お前とこうして面と向かって話すのは初めてだが、なかなかの殺気だな。」
「用が済んだら、早く帰った方が身のためだぞ。お前の用が終わった瞬間に剣を抜く。」
男はシークを眺めた。何の因果か今宵も満月だ。男の背後から月の光が射し込む。
「手が震えているぞ。武者震いか?」
「いいや、お前に対する怒りだ。いや…お前達、だったな。それで、話をはぐらかすつもりか?お前がそうなるように仕向けたのか?」
「……話を最後まで聞かなくていいのか?私の答え如何によっては、私をすぐに斬るつもりなのだろう?」
「……。」
「お前はよくても、王子は知りたそうだぞ。」
若様を持ち出してきて、シークは男を睨みつけた。
「こっちの方が分が悪い。まあ、最後まで話を聞け。」
確かに男の狙いを探るには、少し話を聞く必要はある。しかし、腹黒い相手だ。何が目的なのか見えてこない。こういう相手はさっさと捕らえるに限る。
「若様を持ち出して何のつもりだ?それに、何が狙いで若様に話を聞かせる?」
すると男は、くくくと肩を揺らして笑い出した。
「そこの泣き虫王子の方が華やかな顔立ちだが、バムス・レルスリと同じように美しい容姿の持ち主だ。美しい容姿をしていると、どんな憂き目に遭うか知って置いた方が、これからの身のためになるかと思ってな。王子はまだ若い。バムスの過去を知っておくことは、王子の身のためになる。
これは事実だ。自分の容姿を見た者がどんな思いを抱くか、把握しておかないと、バムス・レルスリと同じ憂き目に遭う。親切心で言っている。なんせ、陰湿な王妃に目の敵にされているのだから。」
「親切心?馬鹿にされているようにしか思えないが。」
シークは男を捕らえようと相手を注意して観察する。
「おいおい、親衛隊長、ヴァドサ・シーク。お前は私を捕まえる気満々だが、王子はどうなのだ?バムス・レルスリの過去を知りたいか?」
急に話を振られて、若様は戸惑っている。
「……え?話って?」
「若様、相手の話に乗せられてはいけません。」
フォーリが注意する。
「おおよそ二十年ほど前、バムス・レルスリが二十歳だった頃の話だ。近隣諸国を巻き込んだ大事件が起きた。この話はどこの国でも大っぴらには言えない話だ。
だが、どこよりもその話を禁じられているのが、このサリカタ王国。なぜなら、当時のウムグ王が固く噂にすることを禁じた。当時、宰相だったボルピス王が辣腕をふるい、その事件を口に上らせた者を処刑した。その中には、貴族のトトルビ・ブラークの父、トトルビ・ボラーゴも入っていた。
今では誰も口にしない。泣き虫王子、お前の父と叔父が封印した事件を知りたくないか?」
そんな事件があったことを知らず、みんな戸惑っていた。ほとんどは当時、子供だったのだから。一番若い若様は生まれてもいない。
「……れ…レルスリの話?」
「そうだ。」
「…ち…父上が禁じた話って?叔父上も?」
「若様…。」
「…で…でも。」
フォーリに注意されて、若様はしょんぼりする。
「あまり、人の秘密には触れない方が賢明です。重大なことだから、封印されているのです。封印を解いていいのは、本人のみ。陛下が封印されたのは、レルスリ殿の心中を察してでしょう。本人が明かすまでは、黙っていることが賢明です。」
フォーリの注意を若様は真面目に聞いて頷いた。
「分かった。フォーリの言うとおりにする。だから、聞かない。」
すると、男は仮面の下から見える口元で、笑った。
「なるほど、なるほど。だが、残念なことにこの秘密は、盛大に国中に知らされることになる。なぜなら、私達が知らせて回るからだ。今、聞こうと聞くまいと同じ話だ。それに、私から直接聞けば、他の重要な話も聞けるかもしれんぞ。」
「どういう意味だ?」
シークは男を視線だけで睨み殺せそうなほど、睨みつけた。
「なぜ、若様に聞かせようとする?」
「答えはさっきと同じだ。冷酷な王妃は、バムス・レルスリと同じような目に遭わせようとしている。だから、新聞や噂、人形劇、歌劇や商人が村々で行う紙芝居や講談なんかで話される前に、教えてやるということだ。
こういったものは、面白くなるように脚色される。だが、私の話は脚色されていない。それに巷には広まらない後日譚も教えてやろう。」
「お前の話が脚色されていないと、どうして保証できる?」
「そうだな、保証できるものはない。」
「随分、下種な話をしている。」
ベリー医師の声が響いた。ベリー医師はカートン家の施設にいる間、医師の一人として手伝いに行くので、どうしても留守がちになっていた。こうして、若様が安定していて戦力が十分な時は余計だ。
「おや、ベリー先生。息せき切って走ってきて、もしや私と同じ知らせを持ってきたのでは?」
「どうやら、そっちの方が一足早く知らせたようですな。」
シークは男を観察していた。ベリー医師の登場に男は少し警戒している様子だ。
「若様。」
ベリー医師は言った。てっきり、その話を聞くなと言うのだとみんな思う。
「その男の話を聞いてやって下さい。私が知っている限りで、嘘は指摘してやります。」
みんなで驚いてベリー医師を振り返る。
「ベリー先生!?何を言ってるんですか…!」
フォーリが詰め寄った。どうやらフォーリはその事件の内容を知っているらしい。
「フォーリ。噂話と事件の黒幕の話は全く違う。黒幕は何というのか、聞いてやろうじゃないか。話したくてたまらないんだろう。だったら、聞いてやればいい。」
「……カートン家の医師がそんなこと言い出すと不吉だ。何を企んでいる?」
「何もない。お前の話が本当かどうか見極めてやると言っているだけだ。」
「……。」
男は考えながら、ぽつりと呟いた。
「……サグがいない。」
「今頃、気がついたのか?私が帰しておいた。」
シークは言った。もともとサグはバムスの護衛だ。エンス達を待っている間、サプリュで何かあったらいけないと思い、帰しておいたのだ。それも、この男の話が本当なら、間に合わなかった計算になるが。
男は窓の外をちらっと眺めた。
「やはり、カートン家の医師は食えない。外に私を捕らえるための罠を張るつもりか?」
男は言うと、いきなり身を翻して窓の外から出ていった。
あっという間の早業だった。追いかける間もない。
「待て!」
というエンスの声がして、矢を射る音がした。叔父のエンスは弓の名手であるが、逃げられたようだった。叔父の腕でも逃げられるなら、仕方なかった。
星河語
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