教訓、六。何事も、頭を張る者は器が違う。 3
若様にとって王宮を出るまでが最大の試練だった。王宮の玄関近くの控え室から出て行くと、待ちわびていたベリー医師が待ちきれずにやってきた。
シェリアだけでなくバムス・レルスリもいたので、一瞬、びっくりした表情をした。
「宮廷医のカートン家の先生ですね。突然で申し訳ありませんが、私も同行させて頂くことになりました。」
「初めまして、ラブル・ベリーです。」
ベリー医師はそつなく貴族の二人に挨拶を済ませると、さっさと若様の診察に取りかかる。
「さっそくですが、若様。随分、頑張りましたね。こんなに長い間、よく頑張って耐えました。大丈夫ですか?」
額に手を当てて熱が出ていないか確認し、脈を測る。
「お腹は痛くないですか?」
「お腹は痛くない。薬を飲んで大丈夫だったから良かった。」
「まだ、緊張してますね。頭痛は?」
「頭は痛くない…でも、少しふらふらする。」
「ふわふわとする感じ?」
「うん。」
「他には何かありませんでしたか?」
フォーリが一度過呼吸になりかけたことを伝えた。
「ああ、やっぱり。こんなに緊張しているんじゃ、なってもおかしくない。」
ベリー医師は鍼を取り出した。
「緊張を取るように鍼を打ちますよ。」
手首に鍼を打ち、その後、いい香りの精油を嗅がせた。背中をさすりながらゆっくり呼吸させる。緊張が抜けた途端、若様はふらついてフォーリが支えた。
どうやら、半分フォーリの陰に隠れていたのは、ふらつく体を支えるためだったらしい。でも、それを言わずにずっと我慢していたのだ。若様はいじらしい性格をしている。こんなに具合悪くなるほど我慢していたとは、全く分からなかった。
「歩けますか?」
「…うん。」
若様はフォーリにつかまって歩き出した。様子を見ていたベリー医師は、心配そうに眉根を寄せる。
「若様、最初からフォーリに背負われて行きますか?その方がいいのではないですか?」
「……でも。ここは王宮だから、頑張るよ。」
王宮がどういう場所か分かっているので、背負われていくとは言わなかった。貴族達の目の前で、護衛に背負われていくことがどういうことになるのか、その意味も分かっている。叔父が与えた位が貴族達に分不相応だと言われれば、叔父も従兄も困らせると分かっている。
シークは不思議だったが、若様はどうやら王である叔父を恨んでいる様子がないのだ。むしろ、子供が親に振り向いて貰いたいように、振り向いて貰いたがっているように見える。自分を酷い目に遭わせている張本人なのに、慕っているのが見え隠れするのだ。
王と王太子、叔父と従兄を困らせないために頑張ると言っている。おそらくそういう事を理解しているシェリアとバムスが、眉根を寄せて深刻な表情で見守っていた。
頑張らなくていいなら、シェリアとバムスも無理するなと言うだろうとシークは思った。
「若様、そうしたら、その前にまずお水を飲んで下さい。」
「…嫌だよ。だって…おしっこしたくなっちゃうもん。」
小声で言ったが聞こえている。
「若様、やっぱり我慢してたんですね?何度もお尋ねしたのに。」
フォーリが多少、慌てている。
「だって、叔父上が来ちゃったら…。」
若様はごにょごにょ言い訳した。
「若様、急いで歩けますか?厠に急いで行きましょう。」
「急げないよ。だって、漏れそうだもん。」
「若様、我慢したらだめだって言ったでしょう。膀胱炎になったら大変です。」
ベリー医師にも叱られ、フォーリが急いで若様を抱きかかえて走り出した。シーク達も急いで後を追う。護衛が側を離れる訳にはいかないからだ。