教訓、三十三。時は得難くして失い易し。 8
意外な人物が密偵でした。そして、その人物が謎の組織『黒帽子』の計画を口にします。シークの弟のナークと従弟のセグの命を奪うというのです。慌てて動く父親たち。果たして、彼らの計画を止めることはできるのでしょうか。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、また、ラブ史劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
「……さすが、セグ坊ちゃんです。私を誘き出すための囮でしたか、それに父親を使うとは。」
ソドは苦笑した。
「あなたは一体、何者だ?」
ビレスが一歩前に出て尋ねた。
「わし共は、昔から密偵としてヴァドサ家に入ったと聞いております。」
ソドは諦めたのか、素直に口を開いた。
「昔とはいつ頃のことだ?」
「…ディイード王の時代だと聞いています。」
「ディイード王?」
思わずビレス、エンス、ユグスの三人は顔を見合わせた。それもそのはず、ディイード王は五百年ほど前の王の名前だからだ。
「それはまた、随分と古い話だ。」
「ええ。古すぎて先祖に話を聞いても、いまいちピンときません。わしらにとっては、ヴァドサ家はご主人の家。お前達は密偵だと言われても、納得できませんでした。」
「それならば、なぜ、従う?」
エンスの質問にソドは笑った。
「わしらはニピ族だと聞いています。」
三人はびっくりして、ソドを見つめた。
「ニピ族?」
「はい。わしらは、ニピ族の中でも、最も古い掟を守るニピ族だと聞いています。そのため舞は選ばれたもののうち、本当に才ある者、そして、確固たる意志を持った者にしか授けないそうです。それで、下っ端のこうして情報を盗む役割の者には、舞は授けられません。
もともと、ニピ族の舞は主君を守るためではなく、己の身を守ると同時に、暗殺をするために生まれたものだと聞いています。
ですが、建国の時分、初代王にそれではもったいない、ただの暗殺者と呼ばれてしまう、人を守るために使わないかと誘われ、王族の護衛にニピの舞を使うことになったと聞いています。
しかし、その時、それに納得しなかった一族もあった。それがわしらだと聞いています。」
「ならば…なぜ、いや、何のために王家の暗殺に手を貸すような真似を?セルゲス公の暗殺に手を貸しているような話を聞いたが。」
ビレスの問いにソドはため息をついた。
「そこがややこしい話でして。その後、誰にも組せずに生きていたのですが、さすがに生きにくくなった。建国から二百年ほど経った頃、王家に問題が生じた。その時にわしらの先祖が暗躍したそうですが、実は片方の王家に雇われた。」
「それが、ディイード王の時代だと?」
「はい。そして、ディイード王の時代、王家は分裂した。ディイード王はもう一つの王家と話し合い、内戦にならぬようお互いに血を見る争いは避けようと、ある提案をして彼らもそうすることにした。
そして、我らの先祖はもう一つの王家と共に、表舞台から去った。ただし、自分達のいることは忘れないようにさせるため、内部に人を送り続けた。それが、わしらなのです。」
さすがにビレスの三兄弟は黙り込んだ。あまりに重大な話で、自分達の知っている歴史と違うからだ。でも、ソドは嘘を言っていない。目を見れば分かる。彼が嘘を言わないのは、三人を目の前にして逃亡しようとしても無駄だと分かっているからだ。長年、仕えてきたので実力を知っている。
「しかし、先祖から言い伝えられているとしても、どうしてその話を信じられる?」
「そうですな、エンスさん。わしらも信じがたい話だと思います。わしは子供の頃に、その話を聞いたのですが、密偵だからヴァドサ家の内情を送り続けなくてはならない、ということに不満を抱きました。なぜなら、彼らは姿を現さず、ただ情報を送れと要求して来るだけ。
わしらにしてみれば、旦那様がわしらを養って下さっている。それなのに、なぜ人を裏切る真似をしなくてはならんのかと。
それで、わしは成長し子ができてから、すぐにはそのことを教えませんでした。子供達には十八になった時に教えました。上手くそれでいくと思っていました。
でも、旦那様、だんだんおかしくなってきたのです。チャルナさんがヴァドサ家に嫁に来てからです。おかしくなってきたのは。チャルナさんを焚きつけるように指令がきたのです。
今までそんなことは、一度もありませんでした。ただ、情報を決まった時に決まったように送るだけでした。それなのに、焚きつけるように言われて、戸惑いました。でも、ある日、見知らぬ男が現れて、言うことを聞かねば、子供達を殺すと脅されたので、仕方なく言うことを聞きました。」
「なぜ、相談をしてくれなかった?」
「旦那様。無理ですよ。だって、先祖代々ヴァドサ家を裏切って、というかそのために、密偵として雇われているなんて、どうやって言えますか?」
ビレスはソドに言われて黙り込んだ。確かにその通りだ。しかし、長年信頼関係を築いてきたのだから、思い切って話してくれてもよかったのに、という思いがぬぐえない。
「わしが言うことを聞くようになると、だんだん要求が大きくなってきました。チャルナさんにシーク坊ちゃんに対して、剣士狩りを決心させろと言ってきたんです。わしは躊躇しました。その頃、長男のニゼクにはわしらのことを話し、任務もさせていたので、その話もしました。
すると、ニゼクは立腹し、ろくすっぽ面倒も見ずに要求ばかりしてくる組織の言うことを聞く必要は無い、きっぱり断るべきだと言ったんです。そして、自分でそれを断りに行くと言い出しました。
わしは止めました。それなのに、ニゼクは大丈夫だと言って馬で走って行きました。その日の夕方、ニゼクはやくざ者か何かに殴られて死にました。」
「!」
話を聞いていた三人はぎょっとした。ソドのニゼクが死んだ事件はあった。突然の悲報にみんな驚いたが、犯人は捕まらなかった。
「もうお分かりでしょう?ニゼクは奴らに殺されたんです。葬式の終わった次の日の夜中、奴が来ました。そして、もう子供を失いたくなかったら、言うことを聞けと。それでも、わしは躊躇しました。シーク坊ちゃんが死んでしまうかもしれない。
わしらにしてみれば、主人の家庭です。それなのに、理由も分からず先祖代々密偵だから、言うことを聞けと言われて、納得できません。
すると、今度は妻のイルアが突然の病で死にました。」
「…イルアさんも?」
ビレスの確認にソドは頷いた。
「わしは怖くなりました。これ以上、子供を失うわけにはいかない。それで、それ以来、ずっと奴らの言うことを聞き続けています。ですが、セグ坊ちゃんが、わしが隠した本を見つけてしまうとは思いませんでした。それを言えば、もっと大変なことになる。わしもですが、ヴァドサ家も大変なことになる。
わしはそのことを奴に言いませんでした。でも、さっきのでバレてしまったようです。わしの口封じに来たということは、きっとユグスさんも殺して、その本を奪い返すつもりだったんです。」
ユグスは聞いていて気がついた。
「…ソドさん、さっきから“奴ら”と言ったり“奴”と言ったりしているのは、なぜですか?複数で来たり単数で来たりすることがあるんですか?」
ソドは笑った。
「さすが、セグ坊ちゃんの父親です。奴らは基本的に単数で動きません。確かに会うときは一人で姿を現しますが、必ず誰かが近くにいるのです。言ったでしょう。わしらは元々ニピ族だと。」
顔を見合わせて考え込んでいるビレス達に向かって、ソドは頭を下げた。
「旦那様、ユグスさん、申し訳ありません。でも、仕方ないんです。こうするしかなかった。もう、家族は失いたくない。」
星河語
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